五
ホテルの扉を一つくぐった。パネルに浮かぶ詳細は、いちいち読んでいられない。空室の文字だけ追いかけて、出てきたレシートを引っ掴んだ。
押せばたちまち開くエレベーター。隣で俯く気配に意識を引かれながら、決まった数字が映し出されるのを待った。早く、早く早く。やっと聞こえたポンという電子音と同時に、ほっそりとした腰を抱き寄せた。ひくんと肩が跳ね、床を向いていた頭がわずかに持ち上がる。どちらともなく足を踏み出して、レシートに印字された扉を押し開けた。
靴を、脱ぐのも煩わしい。揃える余裕なんて、あるわけない。半ば縺れるようにしてもう一枚の扉も潜り抜けた。
「っ」
女の指先が、胸元に引っかかる。靴底の厚さがなくなった分、目も、鼻も、唇も、数秒前より遠くにあった。その距離を埋めるように、三ツ谷は背伸びをしてくれる。応えないなんて、ありえない。抱く力を込めながら、背中を丸めた。
全てを委ねんとする瞳が、とろんと蕩けて、しっとりと閉じる。一目でキスを待っているとわかるポーズ。……つい、欲が出た。
「キスしても、いい?」
鼻先が擦れたところで一旦ストップ。わざと意地悪く笑って、けれど声色は恭しく尋ねる。閉じていた瞼はすぐに持ち上がり、赤い唇がツンと尖った。
わざわざ聞く必要ある? イイってことくらい、わかってんだろ。早くしろよボケ。
瞳から、雄弁な副音声が聞こえてくる。ムッとした顔のまま、ドンッと胸を叩かれた。ごめんごめん、あんまり可愛いから、ちょっと焦らしてみたくなっちゃって。
「ア」
「っぁ」
にんまりと笑みを深めてから、艶のある唇に噛み付いた。グロスを纏っているソコは、食べても舐めてもぺったりと貼り付いてくる。それがなんだかおかしくて、わざと執拗に口内を弄った。ちゅ、ぢゅ、あたりに水を含んだ音が響く。重なるようにして、三ツ谷の鼻から上ずった喘ぎが抜けていった。
「んぅ、っは……、ンッ」
気持ち良い。心地も良い。もっと貪りたい。でも、それじゃあ足りない。
口付けは続けたまま、彼女の肩からコートを落とした。足を縺れさせると、ばさりとこっちのコートも床に落ちる。かけないとまずいよな。皺になるよな。冷静さを残した脳みその片隅がため息を吐く。けれど、拾いに戻る気にはなれなかった。
だって、もうベッドはすぐそこ。
「あっ」
息継ぎした瞬間、やたらと広いソコに押し倒した。
「かわいい、」
「んム」
「ん、……ふふ、すげえかわいい」
「ぁっ、ン」
こんな可愛い奴にのしかかったら、ぺちゃっと潰れてしまうのでは。でも、三ツ谷なら平気そうでもある。どちらが正しいのだろう。……少なくとも、遠慮していると知られたら、鳩尾に拳を叩き込まれてしまいそう。本気のイヤと、全力のダメと、ふざけんじゃねえぞテメェ、あたりが飛び出すまでは、手加減はしないことにしよう。
何度も唇を寄せながら、手の片方をニットに伸ばした。ちょいちょいと裾を摘んでから、じっくりと腹に潜り込ませていく。当然だけれど、素肌には触れられない。滑らかな肌触りのインナーが一枚挟まっていた。指で摘むと、その薄さがよくわかる。透ける素材だったりして。それなら、まとめて剥ぎ取るのはもったいない。一枚、一枚、そりゃあもう丁寧に解いて開いて暴かないと。
名残惜しくも、チュッと唇を離した。何度も舌を絡めたからか、互いの間にとろみのある糸が垂れる。一拍してから途切れたそれは、ヨレた口紅の上にとぷんと乗った。
「どらけん、って」
熟れた唇が、もったりと動く。熱に浮かされた滑舌からは、普段の三ツ谷が持つ凛々しさはほとんど感じられなかった。
「焦らしたがり?」
「……そうかも」
「やっぱり。もったいぶってないでさあ、一思いにガブッてしてよ」
「ヤだよ。すぐ終わっちゃうじゃん」
「おかわりしていいから」
「一回一回を大事にしてーの」
もちろん、おかわりもするつもりだが。
上がり気味の息を整えてから、改めて両手を腹に潜り込ませた。す、ズ、指摘されたとおりのもったいぶる手付きで、体の輪郭をなぞる。たどる。そして、確かめる。上へと移動すれば、その分、手首に引っ掛かったニットも捲れていった。
ああ、うん。やっぱり、透け感がある素材だ。パープルのインナーから、窪んだ臍がうっすらと見えた。
「……ねえどらけん」
「んー」
滑らせた両手は、やがてブラのワイヤーに行き当たる。むにゃり、勝手に口元が歪んだ。これじゃあ、また「すけべ」と吐き捨てられる。意識して真一文字に引き結び、指をその先にある膨らみに進めた。薄い膜越しに、刺繍糸の感触がする。清楚なデザインなのか、華やかなものか、過激なものでも、悪くない。
「そんなに、こういう格好、すき?」
ついに両手は、二つの塊を包み込んだ。柔らかな肉で、手の中がいっぱいになる。嫋やかなはずのリブニットには、男の手の形が浮き上がっていた。この絵面、かなりエロいな。今、着エロの何がエロいかに気付けた気がする。
視線を擡げると、すぐに息を荒げる三ツ谷と目が合った。すっかり紅潮した肌が、艶を帯びている。汗ばんできたらしい。
「昔は、そうでもなかったじゃん」
「昔?」
「覚えてる、かな。スカート穿いてた日に、バイクで送ってもらったこと、あるんだけど」
三ツ谷は、切なそうに息を吐きながら、とろりと黒目を泳がせる。艶の残った唇は、ほんの少しだけ内側に巻き込まれた。瞼は伏せ気味になり、肌の上に睫毛の影が落ちる。
憂いと、一抹の羞恥を孕んだ顔。―― あの日、三ツ谷を見つけた時も、こんな顔をしていたっけ。ああほら、もじもじと内腿を擦り合わせているのも、そっくり。
覚えているか、だって? むしろ、しょっちゅう思い出している。夜中に布団の中で浮かんだ時なんて最悪だ。もう、三ツ谷で抜くことしか考えられなくなっちまうんだから。
「あの日の、ドラケンの顔、すっごく険しかったから」
ほっそりとした指先が、シーツの表面を引っ掻く。やがて、皺を作るようにしながら、控えめにその手は握り込まれた。
「女ってカンジの格好、見苦しいの、かな、って」
ずっと、そう思っていた。だから、これまで、着るに、着れなかった。
告げられた言葉は、後ろにいくにつれて、細く小さく萎んでいく。終わりの一言なんて、九割方吐息だけだったように思う。
ニットに潜り込ませていた手を、一度開いた。揉みしだきたい衝動を堪えて、そろりと両手を引き抜いていく。中途半端に腹部を晒した格好は、背徳感混じりの色気を醸し出した。
「え、っと」
「ん」
「……そもそも、さ。俺、そんな顔、してた?」
「してた、よ。仲間がやられたって時くらいの、すごい顔、してた」
べたん、自らの額を押さえた。項垂れたいところだが、下を向いてしまったら情けない顔をすっかり三ツ谷に見られてしまう。仕方なく天井の方を仰ぎ見た。
誤解である。いや、三ツ谷の言う通り、いわゆる険しい顔はしていたのだろう。変に力んだ強張った顔、していないと断言はできない。なんせ、当時は、必死だったもので。
「それ、あー、顔が、緩みそうで」
「うん?」
「……エロい目で、お前のこと見てるって思われたくなくて、サ」
「あの、ぇ、ソレ、って」
「そういう関係じゃないのに、つーか大事な仲間なのに、手ぇ出すとか最悪じゃん」
「ぅ」
「だから、欲情してるってバレないよう、躍起になってた」
ぐしゃりと頭を押さえたせいで、髪がほつれてしまった。前髪は両側に垂れるし、なんなら刺青を入れている側も弛んでしまう。これじゃあどうも決まらない。一度解いた方が良さそうだ。かといって、編み直す時間は惜しい。軽めのため息を吐ぎながら、ヘアゴムを取り、崩れた三つ編みを解した。ウェーブのかかったそれを、すぐに一つに結い直し、そぉっと三ツ谷に視線を戻す。
「そ、お」
「ん」
「そっか」
「うん」
「フゥン」
ぽろぽろと零れる相槌は、徐々に上ずり、裏返っていく。既に頬は色づいていたのに、さらに赤みを増してきた。顔の表面の毛細血管、根こそぎ破れたんじゃないだろうな。それほどまでに、三ツ谷の顔は、血色を溢れさせていた。耳も首も、すっかり真っ赤。体温だって上がっているのかもしれない。
そばにいるだけで、じんわりと熱が伝わってきた。熱さは、欲を、煽ってくる。
「……三ツ谷、そろそろ脱がしても、いい?」
返事を待たずに、彼女の左手を掬い上げた。小指についている繊細なシルバーを、ゆっくりと引き抜く。それから、念のためピアスも外してやった。どちらもなくしたら困る。それに、どこかに引っ掛かってもまずい。ちょっと手の平で転がしてから、二つともサイドテーブルに避難させた。
「ぁ」
次はニット。半端に脱げている裾に触れて、クッと上に引き上げた。呼応するように、三ツ谷は腕を上げてくれる。淡い色味のキャミソールから、ブラが透けて見えた。色自体は白かな、たっぷりと刺繍がされているおかげで、清楚というより華やかな印象がある。
「ぅ」
滑らかな布地を引っ張ると、なぜかスカートもツツツとずれた。思いのほか、このキャミソールは丈があるらしい。こういう長めのランジェリー、なんと呼ぶんだっけ。ぱっと浮かんだのはベビードール。店の連中かこぞって着ていた。……三ツ谷が着ているコレは、あそこまで欲を煽る形状はしていない。まあ、三ツ谷だったら、何を着ていようと俺の下心は掻き乱されるのだけれど。
「わ、」
そしたら、先にスカートかな。するりと指を這わせて、サイドのファスナーを摘む。ジ、ジジ、下ろしたところで、パンストの履き口が見えた。ストッキングだけの姿を晒すのは、ちょっと恥ずかしい。そう言っていたのは、ミアだったかエミだったか、マリンだったか。心底どうでもいいと思いながら吹き込まれていた猥談が、活躍する日が来ようとは。伝線しませんようにと祈りつつ、スカートと一緒に彼女の脚から引き剥がしていった。
「~~ッ」
あ、思い出した。スリップだ。三ツ谷の素足に辿り着いたところで、突然単語が降ってくる。そうだそうだ、このインナーのこと、スリップって言うんだ。
すっきりしたところで、藤色のコレも引ん剥いてしまおう。太腿にかかっているひらひらの裾を、ひょいと掬った。
「ッストップ!」
途端、鼓膜がビリリと震える。肩も上がってしまい、掬った裾は指からすり抜けた。
なに、え、俺なんか、まずった。カッ開いた目で、薄着になった女を食い気味に見下ろす。すぐに彼女は、わなわなと震えながら上体を起こした。
「手際が、良すぎや、しません、かッ」
「……良かったら、だめ?」
「だめじゃなぃ……」
「あ、そう」
「でも」
「うん?」
「ど、ドラケンも、脱い、でよ」
剥き出しの腕が、やっぱり震えながらこちらに伸びる。爪先まで隙なく整えられたソコは、きゅっと俺のシャツを握った。
ご尤も、三ツ谷を脱がすのに夢中になって、自分のことはすっかり忘れていた。改めて我が身を見下ろし、一つ息を吐く。上目遣いで睨んでくるそいつと目を合わせて、ごめんと念じた。俺も、今、脱ぐから。手始めにトップスの裾を掴む。
「それもそうだね」
「え、あッ、……あっ」
自分の服まで、もったいぶるつもりはない。インナーもろとも捲り上げ、ぽいと上を脱ぎ捨てた。自分も存外、汗ばんでいたらしい。服が脱げるタイミングで、今日の香水が強く香る。付けすぎたろうか。いや、頭にくるほどの濃さではない。単純に、興奮して発熱気味なせい。
ついでに下も脱いでしまうか。膝立ちになって、ベルトの金具に手を掛けた。
「ッ!」
そして、前を寛げる。ソコが苦しいという自覚はあった。今日は慣れないスキニーを穿いてきた、そりゃあチョット膨れただけでも苦しかろう。……と、思ったのだが、前を開けた途端バツンとテントができる。いくらなんでも、早すぎないか。擦っても扱いてもいないのに、ここまで勃起するなんて。
さすがの三ツ谷も、引いたろうか。後ろめたさを抱えつつ、再度三ツ谷を盗み見た。
視界に、ぽかんと口を開けたそいつが映る。
瞬き一つせず、―― 三ツ谷は俺のナニに魅入っていた。
「で、っかぃ」
「……すけべ」
「だ、だって!?」
「お前の乳見た時の俺と、たぶん同じ顔してるよ、今」
「う、うぅう、仕方ないじゃん、こんな、ぅ、あっ、あっ見えちゃう、」
「見せてんだよ」
「ア」
ゴムをずらすと、充血したブツが勢いよく反り返る。かろうじて、腹にはついていない。が、完勃ちしているのは明らかだった。剥き出しになった亀頭は、滲み出た我慢汁で濡れている。一度、二度と扱いてやれば、すぐにでも挿れられる硬さだとわかってしまった。
まだ三ツ谷のアソコ、触ってもいないのに。準備ができるまで、自身は堪え切れるだろうか。堪えてもらわないと、困る。多感なそいつを右手で支えつつ、もう一度三ツ谷に目を向けた。
「そっ、それ、」
相変わらず、その目は俺を見つめていた。ただ、先程までと違って、両手で下腹を押さえている。引ん剥いた太腿は、ぴったりとくっつき、じり、じりっと擦り合わされていた。
「ココに、ちゃんと入る、かなあ」
「心配するとこソコ?」
「だいじな、コトでしょ」
「まあ、ね」
否定はしない。入らなかったら、正直凹む。誤射とか三擦り半並に凹むことだろう。
ふむと頷きながら、自身を緩く擦った。おそらく、これが最大。これ以上には、たぶん、ならないはず。さらにもう一度頷いてから、視線を三ツ谷の腹部に向かわせた。
「なあ」
「え、なに、……ワッ!」
気付くと、腕を伸ばしていた。片手は、三ツ谷の剥き出しの肩を強く押す。身構えそびれた体は、簡単にベッドへ倒れ込んだ。起き上がる隙は、与えてやれない。一気に距離を詰め、力の緩んだ脚を割り開く。
「は、ちょ、ちょっと」
「んん」
混乱に染まった声がした。焦りと、恐れも混じっている。もう入れられると思ったのだろう。安心しろよ、まだ突っ込まないから。切羽詰まっているのは確かだが、無体を働くつもりはない。
ただ、それはそれとして、試したいことがあった。
「もし、全部入れるとしたら」
「へ」
かろうじて残っていた隙間も埋め、ぴたりと恥丘に寄り添った。合わせて、血管の浮き出たペニスを下着の上から沿わせていく。
「ここまで、届くね」
先っぽは、臍のすぐ下に迫っていた。
ごくり、と、生唾を飲み込む音がしたのは、気のせいではない。
「それじゃあ、三ツ谷、……いい?」
「っわざわざ、聞く必要、ある?」
「念のため」
「イイってことくらい、わかってんだろ」
副音声で聞こえた台詞が、現実の音となって耳に届く。となると、次の言葉は「早くしろよ」かな。「ボケ」まで付け足されるかは、三ツ谷の気分次第―― 。
「―― やさしくして、ね」
か細く聞こえたソレに、ぴたり、体が固まった。
しかし、一瞬だ。すぐに火照った体温で融け、腕は滑らかに三ツ谷の足を肩に担いだ。
「もちろん」
一言だけ返して、ショーツのゴムに手を掛けた。