夢を見てたの桃源郷

 その、男は。酷く優しく、この身を抱く。そんな、ガラス細工を扱うようにしなくったって、自分が壊れてしまうようなことはないというのに。女じゃあるまいし。というか、男同士なのだ、多少骨がぶつかり体が軋むことになろうと、たいして支障はあるまい。せいぜい、身体の表面に痣やひっかき傷ができる程度。……ここでいう痣には鬱血痕――きっとこれが小説なら、キスマークとルビが振られることだろう――は含まないし、ひっかき傷のうちに気付くとあいつの背中にくっきりと走っている爪の痕跡も入れないものとする。
 どうしたものか。あの男なら、こっちの負担なんて考えもせずにがっついてきても良さそうなものなのに。そりゃあまあ、ああいうふうに優しくされるのも嫌いじゃない。体温が溶けあって、本当にひとつの生き物になれたかのような心地も悪くない。むしろ、好きな感覚かもしれない。俗っぽい響きになってしまうが、「愛されている」気もするし。
 ただ、なんというか。たまには、理性もなにもかなぐり捨てて、この身を顧みずに求めてくれないだろうかと、思ってしまうのだ。存外、あいつは強固な理性をしているせいで、未だかつて、一度もセックスの最中に我を失ったことはないのだけれど。
「なんて思うんやけど、我儘なんかな」
「いや、まずそれを聞かされる俺の気持ちを考えてもらえませんかね」
「しゃーないやん、ほかに話せる奴、おらんし」
 柔らかそうなクリームの乗ったラテを一口啜った。意外、とよく言われるが、甘いものは嫌いじゃない。コーヒーに関して言えば、ブラックで飲むのは苦手だ。どうもあの焦げたような、いや香ばしいというべきか、とにかくあの苦みが舌に馴染まないのだ。同じ甘みのない、苦みを含む飲み物である日本茶の類は平気なのに。大人になれば飲めるようになる。社会人になれば飲めるようになる。あちらこちら四方八方からそんなことを言われるが、どうも自分があの黒を好んで飲むようになる様は考えられない。飲まなければならないのなら、砂糖もミルクも放り込みたい。あわよくば、コーヒーではなく緑茶にしてほしい。
 さらに一口甘さを含んだところで、静かにマグカップをテーブルに置いた。
 たちまち、テーブルを挟んだ正面に座る男の眉間に皺ができる。一言で表すなら怪訝。あの男と違って、こいつは本当に自分に遠慮することがなくなった。昔は、どんなに顔を顰めたくてもとりあえず無表情か引き攣った笑みを浮かべていたというのに。……これは遠慮がなくなったというより、取り繕わなくなったと言うべきか。
「……そういうのは、ホラ、本人に言ったほうが」
「言うとるわ。けど、大概「つらい思いさせたいわけちゃう」て濁されて終わんねん」
「そらずいぶんと愛されていらっしゃることで……」
「まあな」
「惚気るんなら帰っていっすか」
「ふ、すまんな。あとでお前の愚痴も聞いたるから、ちょい相談乗ってほしい」
 そう言うと、角名はもごりと唇を波打たせてから、その唇を隠すようにマグカップに口付けた。俺のと打って変わって、その中身は黒。砂糖の甘さは加えられていないし、ミルクで苦みの角を丸くしてもいない。ブラック飲めるんか。いつだったかそう聞いたとき、心底信じられないという顔をされた。ついでに「あんたにも飲めないものがあるなんて」と副音声も聞こえた。
『そらあるわ、俺もただの人間なんやし』
『その、意外すぎて。いや待って、俺これ知ってるからっての理由に侑に刺されませんよね』
『なんでお前があいつに刺されんねん』
『俺の知らない北さんを知りやがって、とか』
『ああ、それはないわ、あいつも知っとるし』
『なら良かった、……逆に俺しか知らない北さんをってパターンは?』
『お前どんだけ心配しとんの、そこまであれの懐、狭ないて』
『えぇえ片割れはとんでもない心の狭さしてますよ』
 そんな会話から始まった俺と角名のこの逢瀬。別名、双子に掘られた会。あまりにあけすけな名称過ぎて、即座に角名に没を言い渡された。我ながら的を射た名前だと思ったのだが。曰く、治にケツは許したが、侑に許した覚えはない、から却下らしい。なるほど。
 さておきだ。
「そっちはこんな壊れ物扱うみたいなふうにはしないんやろ?」
「……しませんね。いっそ憎いくらいしませんね。どんなに俺が泣き喚こうとも」
「なんでこんな違うんやろなあ」
「そりゃあ、北さんの躾の仕方が神がかってるから」
「躾た覚えないで」
「高校のころに散々刷り込まれたんですよ、あんた相手に無謀を働いちゃならないって」
「……してもええよ、て言うても、イマサラなんかな」
「それは、……んん、不可解ではあるんですけど」
 あいつなら喜んで尻尾振りながら飛び掛かってきそうなのに。さながら、某泥棒三世みたいに。コーヒーを飲みながら角名はうらりと視線を泳がせた。
 俺だってそう思っていた。何らかの遠慮があって、懇切丁寧に俺を抱くのだろうと。好きにしていいと言えば、侑の好きなように、散々に貪られるものだろうと。けれど、あいつが激しく、衝動的に俺を求めてくることはない。いつだって、ゆっくりと蕩けさせてくる。そこまでの激情を抱くほど、俺に入れ込んではいないのか。……それは、ない。自惚れに聞こえるかもしれないが、あいつは間違いなく俺に惚れている。でなきゃ、あんな優しいセックス、するものか。全身が愛で満ちて、ぐずぐずに溶けてしまうようなセックス、できるものか。
 はあ、ため息が出てきた。
「……ぶっちゃけ、」
「ん?」
 ぽつり、正面から伺うような小さな声をかけられた。自然と下がっていた視線が持ち上がる。視界に、唇を「へ」の字にした角名が入ってきた。それから、マグカップの向こうにある薄い赤が開いて、か細い息を吐き出してから閉じて、また開いたかと思えば、すぐに真一文字に引き結ばれる。
「なんやねん」
「やっぱ言わないほうが良いかなとか、思ってみたりしちゃったりなんかしてしまいまして」
「そこまでするなら言うてや、かえって気になるわ」
「んー、ンン……、北さんは、さあ」
「おう」
 それでもまだ言いたくない思いが強いのか、「さあ」と吐き出した口のまま、ぴたりと角名は固まった。はよ言え。じ、と煽るように見つめれば、ぱくんと空気を呑むようにして口が閉じてしまう。そこはかとなく背筋が伸びている、しまった、萎縮させてもうた。すまん、そっと口にすると、力んだ体が徐々に弛緩していく。軽い猫背、ほんの数秒、胸を張るようにして開いていた肩が、わずかに内側に入った。
「怒んないでくださいね」
「俺が怒るようなことなん?」
「えぇ……? 人によっては逆ギレするかもしれない、こと、言おうとしてたので」
「理不尽な内容やったら別やけど、ただ図星突かれた程度で怒ったりせえへんよ」
「……その言葉信じますよ?」
 これまたか細く角名は吐き捨てると、すぐに吐いた分の息を吸い込んだ。何を言われるのやら。ついさっきの言葉から察するに、俺の無意識を言語化してくれるだけらしい。なら何も問題はあるまい。気付けなかった部分を教えてくれるのなら、それに越したことはないのだし。
「北さんは」
 こつ、り。角名の持っていたマグカップがテーブルに置かれる。半分ほどに減った黒い水面が、たぷんと波打った。それから正面にいるそいつは、気怠そうに、頬杖を突く。少ない頬の肉が持ち上がって、喋りにくそうに唇が引っ張られた。けれど、なんの支障もないと言わんばかりに、角名の唇は動く。
 努めて淡々と、音を舌に、乗せる。
――侑に乱暴に犯されたいって、思ってるんですよね」
 カンッ。
 と。
 小気味の良い音が響いた。周囲の喧騒が一瞬静まる。視線が、集まる。だが、それもほんの数秒。三か四を数える頃には、もう元の騒がしさが戻ってきていた。
 は、と詰まった息を吐き出した。途端、怒った肩から力が抜けていく。先ほどの角名と、同じような弛緩の仕方。おろおろと視線を落とせば、テーブルに叩きつけるように置かれたマグカップの中で、崩れたクリームがたぷたぷと揺れていた。
「……いや」
「違うんですか」
「ちが」
 う。断言できるか。自問すると、即座に「できない」と返ってくる。
 侑に。言われたばかりの音が、文字になって脳みそに貼り付く。
 乱暴に。そんなつもりはない、違うんだ。どうにか言い聞かせようにも、角名にぽつぽつと伝えてしまった言葉を思えば、そうとしか考えられない。
 犯されたい。そもそも、合意の上の行為なのだから、犯すというのは相応しくない。けれど、侑は望んでいなくて、俺は望んでいるものだとすれば、それは犯すということになるのだろうか。身体的に、俺が嬲られることになろうとも?
『侑に乱暴に犯されたい』
 ふつり、思考が停止すると同時に、顔が熱くなってきた。
 侑に、そういうふうに、されたい。と思う自分を否定できるか。……正直、できない。
「わ、ない」
 なんて浅ましいんだ。なんて、はしたないんだ。
「で、す……」
 付け足すように漏れた語尾は、自分の声とは思えないくらいに掠れて、震えていた。
「突然の敬語」
「あかん、めっちゃ恥ずかしなってきた」
「聞かされてるこっちも羞恥で溺れそうでした」
「すまんかった」
 こんな公衆の面前でなんてことを喋っていたのだ。聞かせる相手は角名だけのつもりだし、両隣のテーブルも空いている、大声で騒ぎちらしてもいないし、どちらかといえば控えめな声量で会話をしていたとは思う。誰かがこの会話に聞き耳を立てている様子はどこにもない。だがそれはそれ。ここでするような内容の話じゃない。なぜ口を滑らせてしまったんだ。ムッとしながら治とのあれやこれを語ってくる角名に羨ましさでも感じていたのだろうか。……話に聞く限りの性生活を思うと、「いいなあ」と羨んでしまう部分もあった。それにつられたというのか。いや、人のせいにするのはやめよう、言ってしまったのは誰でもない自分だ。止めを刺したのが角名だったとしても、発端を作ったのは自分。自業自得。
 視界を覆うように額を抑えると、べち、と手の平が張り付く感触がした。汗ばんでいる。こんな寒い時期だと言うのに、嫌な汗が滲んでいる。ここ数年で一番かもしれない、これほどまでに肝が縮んだのは。
 どっと疲れが襲ってきた。畳みかけるように腹から息がせり上がってきて、ため息として吐き出されていく。
「なンッ、つー、か」
 ふと、角名の裏返りかけた声が聞こえた。ここまで俺が項垂れると思っていなかったのだろう、気配の節々から「やってしまった」という挙動を感じる。ええねん、お前はなんも気にせんで。俺が自滅しただけやねんから。……そう言ってやれればいいのだが、両肩に乗った疲労感がそれを許してくれない。
 妙な慌てを携えた角名は、早口気味に喋り出す。
「ないものねだり的なところはあると思いますよ、あんなふうにされてイイかっていうと、人それぞれなわけだし」
「おん……」
「止めときゃよかったって、思うかも、しれないですし」
「ん……」
「逆に、こっちはもうこりごり! って思っても、あっちが味をしめることだってあって、」
「…………」
「きっと、いや絶対、間違いなく、後悔しますよ」
「ん」
 おそらくこいつは、俺の願望をどうにかなかったことにしようと必死になっている。気の迷いだった、変なことを言った。そう、俺が言えば、ああよかったと角名は安堵するのだろう。
 一方で、角名はそういうセックスしたことあるんやな、と思ってしまう自分もいる。ええなあ、なんて、思うべきじゃないのに、その四文字は思考にこびりついて剥がれない。
 イイとは限らない、人それぞれ。わかってる。後悔するかも。その可能性だって、重々承知。……しかし、自分の中で燻ぶっている下劣な欲は、消えてくれないのだ。
「そ」
「……?」
 と、角名の早口が、ぴたり、鳴りを潜めた。違和感に、顔を持ち上げる。まだ赤面したまま、情けない顔をしているのは確かだが、そうせずにはいられなかった。
「それでも、やってみたい、て」
「え」
「言うん、なら」
 視線が合う前に、ふい、と泳がされた。ばつが悪そうに、黒目は左右に揺れる。
「角名?」
「侑の理性、失くす方法、」
 知りたいですか。
 相変わらず目が合わないまま、角名は呟くように言った。お前、なんでそんなん知ってるん。そんな疑問は、卑しい知識欲に負けて泡と消える。
 気付くと、こくり、頷いていた。視界の端でそれを捉えたのか、逃げていた角名の目線が俺に定まる。ガチン、重なった視線が火花をあげた。まじかよ、吐息だけで、角名が言う。自分でもそう思う。本気か、と。けれど、知りたいものは知りたいし、たとえ後悔することになったとしても、やってみたい、されてみたいことにかわりはない。
 はは、気の抜けた笑い声が聞こえた。
「つって、俺がアレによくやる手口なんで、ソレにも通用するかはわかりませんけどネ」
「……イケるんちゃう? DNAは一緒やし、本能擽る方法も似とるやろ、きっと」
 半ば自棄に吐き捨てると、正面にいたそいつは、一瞬にして表情を塗り替えた。
 悪戯を思いついた子どものような、それでいて質の悪い、にやりとした笑みが、やけに印象的に見えた。

***

 身も蓋もない言い方しますとね、薬盛っちまえってことなんですよ。
 じゃあ行きましょうかと喫茶店から出た角名は、なんの躊躇いもなく、日常の会話の一つのことのようにそう言った。薬を盛る、だと。まるで犯罪だ。そんなこと許されると思っているのか。自身気に言ってきたから、相当コアな煽り方があるのだと思ったので画、まさか薬物に頼るだと。……瞬時に思考が表情に現れたのだろう。斜め前を歩いていた角名は、そんな大層なものじゃないとつけたしながら肩を竦めて見せた。
 曰く。ただのジュースであり、ジョークグッズの一種。栄養ドリンクと大体成分は一緒。けれど、一応精力剤と謳っているだけあって、血の巡りが良くなったり、目が冴えて爛々としたりといった効能が人によって見られることもある。ああ見えて治は単純なところがあるから、如何わしくもえっちな薬を飲ませたなどとテキトーな煽りを入れてやれば、勝手に舞い上がってあれよあれよと本能剥き出しに覆いかぶさってくる、と。
 念のためと確認したが、これまで副作用が起きたことは一度たりともなく、商品名としては「清涼飲料水」と書いているほど。ドラッグストアに着いて、角名にコレと手渡された箱を裏返すと、そのとおりの五文字が白で印字されていた。と、なると逆に本当に効くのかと疑わしくなってくる。もし効いたとしても、それはプラセボ効果というものでは? だったら、こんなものに金を払う必要はないのでは?
 ぐるぐると疑念は駆け巡るものの、飲ませた、て証拠にそれらしい瓶を見せると、煽りの追い風になりますよ、と囁かれたものだから、買い物カゴにポンと放り込んでしまった。
 ついでに買った歯磨き粉と歯ブラシと、詰め替え用の柔軟剤にティッシュペーパー、買おう買おうと思って忘れていた重曹をまとめてレジに持っていけば、先回りをしていた角名に「ケントーを祈りマス」と棒読み極まりないエールを送られた。健闘するほどのコトになるだろうか。こんなたった一瓶で、あいつはそこまで盛り上がってくれるだろうか。治と角名だからこそ、成立したのであって、あいつと俺とでも成立するとは限らない。無駄金を使ってしまった、かも。早速、後悔が滲んできたところで、「レジ袋はお使いですか」との声に現実に引き戻された。その頃にはもう角名は自動ドアの向こう側。
 もしかして、もしかしなくとも。角名にからかわれただけちゃう?

 ハッとしたのは、ほんの数時間前のこと。

 その悟りは、良い意味で――いや、悪い意味かもしれないが――裏切られることになった。
「……めっちゃ効いとる、よな」
 これは。ソファで眠りこけた侑を見下ろして、独りごちた。
 胃袋を満たしてすぐ、食後の茶を飲みながらソファに腰かけていた侑は、それなりに疲れていたのだろう。うとうとと頭を揺らしていた。寝てもええよ、風呂沸いたら起こしたるから。下心を隠しながら声を掛けると、ふにゃりと緩んだ顔を一度俺に見せてから、じゃあ、と逞しい身体はソファに沈んだ。大きすぎるせいで、膝から下ははみ出していたけれど、寝息が聞こえるくらいに寝入ってはくれたらしい。
 そこからどうにか精力剤を口に含ませ、ぼんやり寝顔を見下ろすこと三十分。視界の隅では、ゆるゆると精力剤の効果が首を擡げ始めていた。
 恐るべし。いや、これは単に疲れマラ? 
 とりあえずソファの隣に腰を下ろし、穏やかな寝息をたて続ける侑を眺めた。予想外に熟睡している。風呂が沸いた、という声かけを躊躇いそうになるくらいの、眠りの深さ。頬をつついた程度じゃ呻きもしない。やんわりと両手の指を握って見ても、振り払う様子はない。
 ……あかん、これ精力剤云々ちゃうわ、ほんまに疲れとるやつ。
 完全にタイミングを見誤った。いつもなら、少しでも疲れとるなとか、調子悪そやな、と気付くことができるのに。どうやら今日は、こっちも妙に緊張していたらしい。
 自然とため息が出てくる。
「……」
 が、一方で。
 苦しそうにテントを張るソコが気になるのも、事実。誤魔化しようがないくらいには膨らんでいる。誰が見ても、勃起しているとわかる状態。そっと布越しに触れると、案の定、芯を持っていた。ここまで勃ってしまえば、放っておくより抜いてしまうほうが楽。こいつのせいで、すっかり前で達する感触とはご無沙汰だが、それでも自分だって男だ。こういう状況下の辛さも、覚えている。
 相変わらず、侑が起きる気配はない。
 そっと、侑の足もとのほうへ移動した。ソファのひじ掛けからはみ出す両膝の間に構えて、顔をちらり。瞼は今も閉じたまま。寝息が乱れる素振りもない。視線を戻して、膨らんだそこを、ゆるりと撫でた。
「ん……」
「っ」
 たちまち響く、侑の掠れた呻き。咄嗟に触れていた手を離した。ドッドッと心臓が跳ねる。いつのまにか口内に唾液も溜まっていて、侑の一挙一動に気を払いながら、ごくり、飲み込んだ。
「んー……、」
「……」
「ぅ、すぅ」
「……っはぁあ」
 再び聞こえ出す寝息に、どっと緊張が肩から抜け落ちていく。ついでにがっくりと項垂れれば、額がひじ掛けに乗った。すぐわきには侑の脚。少し乗り出せば、勃ちあがったナニに触れられる位置。俺、何してるんやろ。一度くらい侑にこっぴどく犯されてみたい? その欲がゼロになったわけじゃないが、ここまで疲れている奴にそれを求めるほどのものでもない。さくっと抜いてやって、手を洗って、風呂を沸かそう。そうしよう。
 呼吸を整えてから、スエットのゴムに指を引っ掛けた。ずりずりと太腿の辺りまでずらせば、紺色のボクサーパンツが現れる。くっきりと、勃起した形が浮き出たソレ。布越しに先端を撫でると、じんわりと布に染みができた。やらしい。こんなものを何時間も突っ込まれていたら、そりゃあこっちもやらしいことしか考えられないようになる。見ているだけで、ぞわぞわと背筋が震えるくらいだ。……ちゃうねん、さくっと抜くんやて。そういうんは、今日はしない。しないったら、しない。
 そう言い聞かせつつも、軟弱な意志は欲に傾き始める。下着を脱がせて、直接扱くべきだというのに、布に覆われたままのそこに顔を寄せてしまう。ふ、と息を掛けても、布越しじゃあ伝わらないのだろう。侑はまったく反応を見せない。
 じゃあ、これなら。
「っふ、……ん、む」
 かぱりと口を開けて、浮き出た陰茎に甘く噛みついた。
「ン」
「むぐ、ん」
 布越しでも熱が伝わってくる。根元を食みながら、ソコよりは柔らかさの強い睾丸を指先で揉んでやると、鼻に抜ける声が聞こえた。それなりには気持ち良いらしい。徐々に下着にできた染みも大きくなっていく。ムッと、雄の匂いも強くなったような気がする。指先の動きそのままに、むぐむぐと根元から先っぽへと口を動かせば、いっそう濃く鼻孔を掠めた。
 いくらか大きくなったろうか。ゆっくり顔を持ち上げれば、唾液を吸った下着が張り付いて、先ほどよりも顕著に形が浮かび上がっている。……見つめているだけで、ずんぐりと下腹が重たくなってきた。つい、内腿を擦り合わせてしまう。角名にからかわれただけでは、と思いつつも、しっかり準備はしてしまったのだ。そのせい。こいつの勃起した雄に中てられたせいじゃない。せいぜい、原因の二割か三割。
 疼き出す部位から意識を逸らせないまま、侑の下着のゴムに手をかけた。きちんと脱がせてやれれば良いのだろうが、性器が撮り出せれば咥えるには十分。……扱くだけの予定が、まさかしゃぶりたいになってしまうとは。なんて自分ははしたないんだろう。そんな自問自答染みた諫言も、自身の興奮を煽る一因になってしまう。ごくり、飲み込んだ唾の量は、緊張で飲み込んだ量よりもずっと多かった。
 ちゃんと脱がしてやらないと、下着のゴムが伸びてしまう。けど、正直その気遣いをする気力はない。侑の熱を早く咥えこみたい。ほう、と息をついてから、手に力を込めた。
 ぎゅ、と捲れる布。その勢いに応じて、飛び出してくる、ソレ。重力なんて感じさせないくらいに、いきり立って、――べちり、俺の頬を叩いた。
「ぅ」
 少し面食らうが、さらに攻撃してくる様子はない。ぺとりと俺の頬に触れたまま、とぷり、鈴口から透明な液体を漏らした。そのカウパーと、自分の唾液とで、しっとりと濡れた感触。それが、右頬に吸い付いてくる。名残惜しくも頬を剥がせば、血管の浮き出た半身がよく見える。赤みの強い亀頭にはぬらりとした艶。直接浴びせられる欲の香りに、頭が、理性が、くらくらと揺さぶられてしまう。
 おかしい、こっちは薬を盛った側なのに。こんなに興奮しているなんて。変に精力剤だ媚薬だ手を出すより、これからえっろいことすると言い聞かせるほうが催淫効果は強いのではないか。ああ、でも角名もそんなこと言うてたな。あくまで飲ませるのは雰囲気づくり。そのあとの煽りが重要だって。……煽ってもなあ、こいつ、いっつもゆっくりしよるし、切羽詰って感情剥き出しに腰振ってなんかくれへんし。愛されてるのはわかっとるけど、一度くらいは、壊れそうな愛も味わってみたい。バレーに向けるみたいな、直向きで、丁寧で、でも、止まることのない暴力的な愛を。
 片手で熱を支え、ちゅ、唇を当てた。もう一方の手では、陰嚢をゆっくりと揉んでやる。唇越しに、指越しに、浮かんだ血管の脈打つ感触が伝ってきた。つん、と舌を這わせれば、生々しさがいっそう強くなる。ねっとりと、張り出たカリ首までなぞっていった。つん、鼻先が剥き出しの亀頭を掠る。すっかり感じて、濡れたソコ。いちばん奥の、狂いそうになるくらい気持ちが良いトコロを責めてくれる、ソコ。
 今日はそのお礼したるわ。
 脳内でぱちんと、両手を合わせた。
「いただき、ます」
 ほとんど吐息ばかりの声をかけた上で、ぱ、くり。晒された粘膜を咥え込んだ。少ししょっぱいような、変な味。でも侑のだと思えば、抵抗感は薄れる。切っ先にちゅうちゅうと吸い付きながら、支えていた手で入りきらない部分を扱いた。ちゃんと気持ちええんかな、口内にびくびくと震えが響くけれど、扱いている振動と区別がつかない。感じてくれてたら、ええなあ。口淫なんてめったにせえへんし。上手いか下手かやったら、間違いなく下手の分類に入ってまうし。
 なあ、侑。きもち、ええ?
「んんッ」
「……っは、あー、……あぇ?」
「むぅ?」
「へッ」
「ん、んぐむ、ちゅ」
 濡れた音が耳に響く。それだけで、自分まで追い立てられていく。こいつ起こす前に、自分も一度抜かなくては。後ろをいじらないとどうにもならないから、少々時間はかかってしまうが、仕方あるまい。いや、だったら寝ぼけたコイツをベッドに送り出してからのほうがいいか。スポーツマンの体を痛めさせてはまずい。
 そろそろ達してもらおうか。ほんのわずか、痛い、よりは気持ちいい、で済むくらいの力で歯を立てながら、とろとろと濡れる尿道口に舌先を押し当てた。
「~~ちょッ、きたサッ!?」
「ゥぶ」
 両手の平が不穏な感覚を察知したかと思えば、口の中にたっぷりと苦みが広がる。とてもじゃないが、美味いとは思えない。美味しいなどと言うのは、やはりAV上のフィクションだ。
 かといって、吐き出すのも興が冷めるか。いざ、ごっくんしてと強請られたときの練習と思えば、まあ。もごもごと口を動かしながら無理やり飲み込めば、ヒュッと上から息を呑む音がした。
 ん?
「きた、き、きたしゃん、なにして、はりゅんです、か」
 ぢゅぽと口を離して顔をあげれば、中途半端に上体を持ち上げた侑が見えた。そういえば、もうすぐイキそう、というあたりから声が聞こえたような気もする。起こしてしまったか。単に、うたたねから起きるタイミングだったのかもしれないが。
 侑は顔を真っ赤に火照らせ、眉間にぎゅうっと皺を寄せて、「ありえない」と五文字を顔面に浮かべながら俺を凝視していた。息は荒く、わかりやすく肩は上下している。覗いた下腹は、まだぴくぴくと痙攣していた。
 ……ついでに、達したはずの陰茎は、今もしっかりと芯を持ったまま、反り返っている。
 これは、溜まっているせいなのか。それとも、精力剤の効き目なのか。測りかねる。口の端についた液体を手の甲で拭いながら、まじまじといきり立ったソレを見やった。
「元気やな」
「あぅ、すんませ、……いや、いやその前にですよ!?」
「気分はど?」
「どうって、え、そんなん、びっくりしたに、……つか北さん今ッ」
「したな、フェラ」
「フェッ」
「フェラチオ」
「アーッ、やめて! 北さんの口からえっちな単語はやめて、チンコ破裂する!」
「確かにすぐにでもイキそやな」
「ヒんッ」
 ぴんっと性器の先を弾くと、それだけで侑は奇声をあげた。けれどそれだけ。衝動のままに俺の襟首をつかんで押し倒すような蛮行はしてくれない。
 してくれても、ええんやけど。
「ふっ、風呂はッ」
「まだ沸いてへんよ」
「はあい……、やなくて! 風呂沸いたら起こすて言うてたやんか!?」
 今度は切っ先にチュッと音を立てながら口付ける。すると大げさなくらい侑は腰を震わせた。ぎゃんっと叫びながらも目尻に涙を滲ませた。からかいすぎたか、とも思うが、嫌がっているというよりは混乱の色が強い。何があっても崩れない敬語が飛んでいるくらいだ。
 妙な勘違いをされても困る。一応、状況を説明しておこう。
「実はな」
「はぇ?」
「一服盛ってみたんやけど」
「それは、エッどういう?」
「……えっちな気分になるおくすり」
「へ」
「いうて、ただの栄養剤やけど。……案外効果あるもんやなあ、こんなにおっきなるなんて」
「へ、えっうそ、えっ、いつ!? てかなんで!?」
 そんなんお前に優しい以外のセックスしてほしいから。と、言っても、通じないのはわかっている。いつもと同じような希望を伝えて、いやです優しくしたいんですと、目一杯我慢しながら終わりの見えないセックスに持ち込まれたくはない。言葉を、選ばなくては。
 そう思考を巡らせつつ、もそもそと自分が着ていたジャージを脱ぎ捨てた。下着ごと脱いだのもあって、下肢から圧迫感が消える。外気に触れてひやりとしたが、熱を孕んだそこにはちょうど良かった。緩慢な動きでそいつの下腹部あたりを跨ぐと、侑の瞳に浮かぶ混乱が一段と色濃くなった。かわええなあ。気付けば腕を伸ばしていた。あんぐりを口を開けた顔に指先が届く。が、触れる前にハッとした。こいつのナニをべったりと触った手だ。侑は嫌がるのでは? 結局、指先は、髪の毛を微かに掠める程度にして、戻ってくる。
 汚れた手。濡れて、べたついている、指先。どうしようかと逡巡してから、未だに呆けている侑を見やった。どうしたら、こいつを煽れるだろう。言葉だけじゃ、足りない。少し元気にさせても、足りない。こいつが堪らない、と思うこと、とは。
 考えているうちに、じくじくと体が疼きだす。少し下には、硬く勃起したソレ。腰を落とせば、すっかり雄の味を覚えた淫口に当たる位置。無理やり入れてしまおうか。それでもきっと気持ちよくなれる。だが、侑は顔を顰めるだろう。俺が痛みどころか、違和感を覚えた時点で腰を止める奴だ。快感に飲まれて、何をしても気持ちが良いくらいにならないと、こいつは腰を揺すってくれない。
 そこまで考えたところで、汚れた指先は後孔に伸びていった。
「ンッ」
「っ」
 軽く解していたソコは、なんなく指を咥えこむ。中指と人差し指、二本まとめて縁は飲み込み、ねっとりと湿って熱いナカへと誘ってくる。一思いに指の付け根まで差し込んで、ぐるりと拡げるように掻きまわした。物足りないとナカが感じたら、一度ぎりぎりまで引き抜いて、薬指も加えてずっぷりと突き刺す。情けのない喘ぎを垂らしながらの自慰。侑が留守の間によくしているが、いざ本人を前にするのは、そういえば初めてだ。これで少しは煽られてくれたらいいのだけれど。
 あ、あ、と鳴きつつ侑の顔を見やる。と、思いのほか近いところにあった。きちんと上体を起こしたらしい。しかし、完全に混乱を払拭したわけではない。どうしたらいいかわからないと言わんばかりに、両手が宙に浮いていた。
 腰、掴んでくれてもええのに。そうしないのは、ひとえにこいつが優しいから。
 ほんとうにもう可愛いったら。
「ふ、ふふ」
「な、なに笑てはるんですかあ」
「あんな、おれ、おまえとめっちゃえっちしたくてな、しゃーないねん」
「うそお」
「うそちゃうわ。せやからこんなことしてもーた」
 控えめに侑の手のひらが俺に触れる。くびれもなく、柔らかさもない腰の上。紛れもない男の体。よくもまあ、こんな体を丁寧に暴くものだ。粗っぽくても、壊れることはない。自分の衝動を抑え込んで、ゆっくりにこだわる必要はないというのに。いつだって、どこまでも優しく俺を抱いてくれる。
 嬉しい。けど、足りない。それを世間は、こういうのだろう。
「はしたないな、」
「ンなことッ、あ、りま、す、……けど、」
「ふは、しょうじきやなあ」
 頭を撫でてやりたくなる。でも、両手ともに汚れているから、それはあとで。
 後ろが飲み込んでいた三本を、ぬぷりと引き抜いた。訪れる空虚に、下腹が切なくなる。早く、この虚ろを埋めなくては。でないと、切なさで気が狂ってしまう。
 指先で縁を拡げながら、ゆっくり腰を落としていった。すぐに、ガマン汁で滑る切っ先が後孔に触れる。ちゅ、と、キスするような感触。たったそれだけで、穴は物欲しげに引き攣った。
――ゆるしてや」
 こんな、はしたない、恋人のこと。
 ぽつりと付け足してから、一思いに、熱杭を飲み込んだ。
「んっ、ッふぁ、」
「っく、ゥヴ」
「ヒ、ぁ、アっナカ、出てっ」
 ぱちゅん、と臀部と侑にぶつかったと同時に、胎内にどろりと熱が吐き出される感触。それに浸ろうと体を逸らせると、腰にみしりと圧がかかった。巧みにボールを操る指先が、ぎゅうと骨と皮と若干の肉に食い込む。
 痛い。そう、口から飛び出そうになる。
「ィ、」
 だが、しかし。
「~~あぁああクッソ!」
「あッぅ!?」
 突き上げられる衝撃に、イタイは嬌声に挿げ替えられた。吐き出された精液を潤滑剤に、じゅぶじゅぶと熱を穿たれる。奥を抉られるたびに空気も含んで、音は卑猥さを増していった。耳を塞いだって、粟立つ感触にその音を感じ取ってしまうことは間違いない。それならいっそ、と、侑の背にしがみつくように腕を回した。
「んァ、あぅ」
「きたさん」
「ぅ」
「む」
「ムぐッ、ン」
 距離が近付くと、今度は向こうから唇を寄せてくる。緩やかな下向きの弧を描いていることの多い唇が、ばっくりと開いて、薄っぺらな俺のソレに噛みついた。瞬く間に舌を絡めとられて、貪られる。口付けは珍しく荒々しくて、息を吸う間もない。このままでは酸欠と叩きつけられる快感とで意識がトんでしまうのではなかろうか。頭も体もグラグラと揺れて、目先の快感で酩酊していく。
 それから、さて、何分か、何十分か。朦朧とした意識の中、これでもかと膨らんだ陰茎を夢中で締め付けると、今日三度目となる愛欲をナカにぶちまけられた。ねっとりと粘り気のある液体が深いところに注がれ、じんわりと満足感が全身に広がっていく。きもち、いい。
「ふぁ、ァぅ……」
「っはー……、ね、北さん」
「ん、どした、あつむ」
「トロットロんとこ、すんません。ちゃんと掴まってくださいね」
「つかまる?」
 とは。ナカだけで達したかのような浮遊感に包まれつつ疑問符を浮かべていると、腰の下にある侑の脚がばたばたと動いた。退けと言うことだろうか。それにしては、埋まっているナニが萎える兆しは見えない。まだ、猛っている。……もっと激しく、揺さぶってくれるのだろうか。さらに強引に体を暴いてくれるのだろうか。ぽこぽこと浮かぶ妄想で、キュンとカラダが疼きを訴えてくる。
 よし、眼前にある侑の口が、小さく動いた。くる? くるんかな。期待と共に、ぎゅうとしがみつく腕に力を込めた。
 その、瞬間。
「よッ!」
「~~ひギゃッ!?」
 ずぐん、と奥深くまで侑が突き刺さった。予想を超える衝撃に、はくり、口が空気を求める。体は不安定に揺れて、腕も、脚も、必死に侑にしがみ付いた。
 何が起きた。突然のことで、さっぱり理解が追いつかない。しいてわかることといえば、ゆっくりと視界に入るものが動くと言うのと、ひたひたと足音に合わせて体が揺れることくらい。
 揺れる? ふと、しがみついている侑の肩越しに、下を見やった。ソファの革が見えるほう。……しかし、そこにあるのは、フローリング。体が浮いている。もとい、侑に抱きかかえられている。それも挿入されたまま。迷いなく、侑の足は床を進む。その脚にスエットや下着は引っかかっていない。ああ、ついさっき脚をばたつかせたのは、歩くのに邪魔なものを脱ぎ捨てるためだったのか。なるほど。
 と、納得している場合じゃない。
「っあ~、めっちゃ締まる……」
「ア、ふかぁ、ふかい、や、ァ、なっ、なンでぇ?」
「なんでて、ベッド行こと思いまして」
「べ、っど?」
「そ」
 不安定な体勢という恐怖と、歩くたびに体に響く悦とが混ざり合って、涙が滲んできた。ぐず、と鼻まで啜ってしまう。みっともない顔をしている。自信をもって言える。
 そんな俺とは対照的に、侑の顔は、やけに凛々しく見えた。
「北さんがえっちしたいの、よおおくわかりましたんで」
 浮かべたのは、侑の得意な、人好きのするにんまりとした顔。けれど、ただの笑みではなく、俺によく向けてくる甘ったるさも孕んでいる。こんな顔を見たら、誰だって愛されていると惚気たくなるに決まっている。
 ああ、次角名に会うたとき、この顔の話、するんやろなあ。
 ぼんやりと侑に見惚れていると、ガンッと蹴飛ばすような音がした。ついでに、蝶番の軋む音。そうだ、油を差さないと、寝室の扉がキィキィ悲鳴をあげるようになったんだった。侑を起こさないようにと最新の注意を払っても、この扉は音を立てる。今度の休みにでも、メンテナンス、しよう。
 誓うと同時に、ぼふり、背中がベッドに沈み込んだ。
 セックスした気持ちよさと、布団のふわりと柔らかな心地よさ。侑を見上げながらも、うと、と、意識が遠のきかけていく。傍にある甘ったるい笑みが、どろり、蕩けた。
 ――現れたのは、爛々と情欲に目を輝かせる、凶暴な、獣。
「滅茶苦茶にしたるわ」
「嘘やろ」
「酷いわあ、北さん、こうされたかったんやろ?」
「は、……~~ッあァア!?」
 こちらが泣き叫ぼうとお構いなし。まるで萎えない性器がずるんと抜け出たかと思うと、一気に根元まで捻じ込まれた。その衝撃で、視界にチカチカと星が飛ぶ。
 遠退きかけた意識は即座に呼び戻された。いっそ我に返りたくなかったと思うくらいの、終わりの見えない快感の波が幾度となく襲ってくる。
 侑の思うまま、ひたすらに体を貪られた。

***

 記憶は非常に曖昧だが、正常位で一回、抜かずに対面座位で二回したところから、いわゆる四十八手の松葉崩しに近い格好でまた一回。トドメはキホンに立ち返って正常位。ソファでやらかした騎乗位での二回を合わせれば、計七回の大放出。ああ、こいつの背番号やな、と思ってしまったのは、ひとえにたった一夜でここまで責め立てられる予定ではなかったがゆえの現実逃避だ。
 対面座位になったあたりからは、もう「気持ちが良い」を通り越していたように思う。おぼろげだが、兎にも角にも緩く勃起した自身が苦しくて、そして痛かった。空になったがために、射精出来ないというのがあんなにも拷問じみていたなんて。いっそのこと、緩く勃起した自身がぼったりととれてしまったほうがマシなのではないかと血迷ったほど。……というか、とれると思った。あのままやわやわと侑の手に責められ、ナカからも性感を刺激され。イキすぎて前後不覚。自分は一体何回イってしまったのだろう。数える余裕はなかった。あったとしても、達すれば達するほど自分の淫らさに気をやっていたかもしれない。どうやら、半ばイキっぱなし、終わり際なんて失禁したかのように濡らしていたらしいだから。
 ヌカサンどころかヌカロクを超えることになってしまうとは。ここは本当に現実なのだろうか。フィクションの世界ではないのか。そういう、いやらしい漫画だとか、わざとらしく演出されたアダルトビデオだとか、そういうのに類する世界に自分は生きているのでは? ……そう思わないとやっていられない。今この瞬間すら、羞恥と悦楽に溺れそうなのだから。
 そう。今、この瞬間も、だ。
 一体何をしているのか、というと。
 まずは、もうイキたくない、死ぬ、頭壊れる、体バカんなる、等々泣き喚いた俺のために、やや落ち着いてきたそいつはインターバルを設けてくれた。あくまで、インターバル。拡げられっぱなしで、縁が麻痺した後孔に、赤黒くなった凶器を突き刺され、カリ首が前立腺と思しきあたりに押し付けられたままの、小休止。一時停止と言っても過言ではない。動いてこそいないが、背後を取られ横向きに寝そべっているこの状態から逃れる手立てはない。まさに背水の陣。
「あ、つむ、なあ、まだするん……?」
「させて、俺まだ足りへん……もっと北さんほしぃ」
「ぁひ、ひゅグ……、もッあかん、て」
「いじわる言わんといて」
「いじわるちゃゥッ!?」
「っあー……も、うごきたぃ……きたさん、」
「この、ぁ、ッア、ひ」
「あかんとまらん」
「あッ……や、待ッ」
 抗議の声もむなしく、横向きの体はどふりとうつ伏せへと転がされた。胸が、腹が、……かすかに芯のある中心が、シーツに押し付けられる。自身諸共、腹が押しつぶされ、じくじくと圧がかかっていく。たったそれだけで、幾度となく精液を注ぎ込まれた直腸は悲鳴を上げた。
 がまんできへん、耳元で低く囁かれたかと思うと、恐怖の律動がはじまった。あぁ、あぁ、寝そべった自分に、ぴったりと侑の体が乗っている。ぐずぐず、ぐちゅぐちゅと、蜜壺と化した孔が掻き回されていく。これで理性を保っていられようか、いや、きっとすぐに……。
 頭も体もこいつに完全屈服、白旗を振るどころか自ら腰を振り出す前に、この終わりの見えない行為は終わってくれるのだろうか。
 後生やから、終わってほしい。