「ん、んう~……」
 何度目かの夜を越え、何度目かの朝を迎える。窓から差し込む光は、レースカーテンを通して尚、眩しい。
 ゆったりと重たい瞼を持ち上げれば、タイミングよく寝室のドアが開いた。
「お、丁度よかった」
「……オハヨ、もう行くの」
「おう、もう少ししたらなー」
 すっかり身支度を整えた御幸は、ミネラルウォーターのボトルを持っている。そういえば、喉が渇いたな。声が掠れるほどではないが、喉の奥がイガイガする。
 じいっとそのボトルを見つめていれば、苦笑した御幸がキュッと栓を開けた。かといって、そのボトルを手渡してくることはない。ベッドに寝転がる俺の方へ歩み寄りながら、ボトルの縁に口をつけた。
 傾けられた透明。波打った水面は、とぷとぷと下がっていく。ついでに大きく浮いた喉仏が上下した。
 見せつけるように飲みやがって、一口くらい寄越せよ。
「オイ、」
「ん、」
 くんっと、御幸がボトルから口を離す。しかし唇は閉じたまま。どことなく、頬が膨らんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
 ああこれ、嫌な予感がする。
 ボトルの蓋を閉めた御幸は、ぽいとそれを放ってシーツに手をついた。ベッドに腰掛けるような動作をしつつ、こちらに向かって上体を倒してくる。
 ふにゅりと、唇が重なった。
「んー、」
「んむっ……、っふ、ンくっ、」
「っぷは!」
「は、ぁ、……口移しする必要ねえだろ」
「あるよ、俺がしたかった」
「馬鹿じゃねえの」
 間もなく割開かれると共に、流れ込んできた水。加減しながら注いできたため、御幸の口内に溜まったほとんどを飲み下すことができた。
 それでもまあ、口を離した瞬間に、一筋垂らしてしまったのだけれど。拭うのも面倒で放っておけば、伝い落ちた水滴がシーツに吸い込まれた。
「何ならもう一口いる?」
「いらねえ、っつったら、もうキスしてくんねえの?」
「……その言い方はズルいって」
 嬉しそうな、困っているような、左右非対称な顔をされる。困ってんじゃねえよ、そこは仕方ねえなって、もう一回、キスするところだろ。
 強請るように、そばにある頭を掻き抱いた。
「みゆき、」
「はいはい、甘えん坊だなあ」
「夜のお前も相当だけどな」
「それこそこっちの台詞だって」
「ンぅ」
 噛みつかれた唇がピリッと痛みを発した。すぐに舌をねじ込まれて痛みは去っていくが、一瞬の刺激でぞくりとナカがうねる。
 激しかったから、だろうか。それを引き金に、ふつふつと熱が込み上げてくる。シたいかも。でももうこいつ出かけるんだよな。準ナイターつってたっけ。
「ぁ、っはぁ……」
「ああぁあ、そんな目で見んなよ、またシたくなるだろ」
「ヒャッハハ、じゃあスるか? 俺は構わねえよ」
「っのなあ!」
 喚くな喚くな。ちゅっ可愛らしい音を立て、鼻の頭にキスをした。冗談だって。シたいのは、まあ本当だけど、オシゴトの邪魔をしたいわけじゃない。
 くつくつと笑いながら頭を離せば、文句を噛み潰しながら御幸が上体を起こした。
 拗ねるなよ、俺のせいだけど。緩慢な動きで起き上がって、悶々とする背中に寄りかかった。あ、石鹸の匂いがする。
「今日さー、夕方からだろ」
「そーだけど、何、早く行けって?」
「それもある。ケド」
 少し顔をあげれば、髪の向こうに形の良い耳が見える。怠い腰に更なる叱咤を打ち、背筋を伸ばした。
 肩ごしに、耳を捉える。
「さくっと勝って、真っ直ぐ帰って来いよ」
「へぁっ!?」
 こいつ何気に耳弱いよな。揺さぶられてるときに甘噛みすると途端に律動止まるし。
 まったく、これじゃまた噴き出しちまうだろ。どうにか抑え込んで、昨晩の情交を思い出す。そして、じわりと滲み出した欲をたっぷり舌に乗せた。
 囁いたのは、甘美の色艶。
 
「帰ってきたら、続き、シよーぜ」

 覚えとけよ、そんな捨て台詞を笑い飛ばして、愛しい背中を見送った。
 ひらりと振った左手、その薬指。ついでに、鞄を持ったあいつの同じ手、同じ指。

 ――飾り気のないシルバーリングが、柔らかく輝いていた。