最低気温三・九度、寒さの残る地に帰ってきた。
 それでも足取りが軽いのは、あいつが待っていてくれるから。

 ――ただいまに、おかえりの返事はなかった。

 どういうことだよ、俺の家にいるって連絡あったろ。
 玄関には一足多く、革靴が置かれてある。確かにあいつはここにいるのだ。でも、物音一つ聞こえない。というか、気配がしない。あれ、いるんだよな、いるんだよね。
 靴を脱ぎながら腕時計を確かめた。あいつが寝るにはまだ早い時間。ほんとだぜ、だって今、午後九時五十分になるところ。酷い時なんか、まだ会社にいる時間だ。そんな長時間働いて欲しくはないけど、残業手当が正しく出ているとの言葉を信じて口を出さずにいる。はてさて、空港を出てから家に着くまでの一時間で、あいつの意識は夢の国に旅立ってしまったのか。
  いやいや、寝ているだけが全てじゃない。ヘッドホンやイヤホンをしているせいで音に気付かないというのも有り得る。ベストなタイミングで返ってくるはずの言葉がないのはさみしいが、そっと近寄って耳元で囁いてやるのも悪くない。
 我ながら気色悪いなと思いながら、居間に続く扉を開けた。
 白いシャツの後姿は、すぐに見つかる。スーツケースを入り口傍に立て、自らのタイを緩めた。
「……寝てる?」
 靴下を滑らせて、ダイニングテーブルに突っ伏すそいつに歩み寄る。向き合う形で、キーボードを取り付けたタブレットが置いてあった。ついでに、倉持が突っ伏した左横には、なにやら面倒くさそうな書類の束。見ちゃいけない奴だ。俺の家に持って来たということは、持ち出しを禁止されているものではないのだろう。だが、軽率に読んではならないってことも、サラリーマン経験がなくたって分かる。
 何も言わずに、クリップでまとめられた束を裏返した。
 きっと、頬杖をしながら画面を見ていたのだ。垂直に立った右腕に寄りかかるようにして突っ伏している。左手はキーボードの上だから、仕事の残りでも済ませていたのだろう。この調子では、暗くなったタブレットを付け直す必要もあるまい。
 テーブルに乗っているのは額だけ、だから息苦しくはないらしい。落ち着いた呼吸を聞きながら、そっとへたれた髪を撫でた。
「ん、ぅ……」
「倉持、寝るならベッド使いな」
「ぅう~……、」
 呻った、ということは起きる。
 なんて、簡単に事が進むわけがない。
 起きるかと思って手を退けたというのに、それ以降一切の反応がなくなった。あるのは、静かな呼吸の音だけ。呻るぐらいまで意識浮上したなら、そのまま水面に顔を出してくれよ。
 苦笑いをしながらため息を吐いた。
「くーらーもーちー」
「……すぅ、」
「よーういーちくーん」
「すー……、ンぅ、……すぅ」
「ったくもう」
 一度背筋を伸ばして、腕を回す。いけるかな、今体重何キロって言ってたっけ。身長は聞いたけど、体重は聞いてないか。
 穏やかな寝息を零すそいつをもう一回撫でて、視線を寝室の扉に向けた。先に開けといた方が楽でいいな。荷物の片づけは、こっちでやろう。疲れて寝ているところに、物音を届けたくはない。
 上着を脱ぎながらドアを開き、左手のハンガーラックにグレーのそれを引っかけた。手入れはあと。ただでさえ全身凝り固まっているってのに、無理な体勢で眠りこけているあいつを何とかするのが先。ついでにスタンドライトをつけて、踵を返した。
 倉持の元に戻って、更に一回、肩を回す。
「持てますように」
 ほとんど口の中で呟いて、引いた椅子の隣に屈んだ。片腕を両膝の下に、もう一方を背中と椅子の間に。掠めた香りに、くらり、頭が揺れた。見てくれからも明らかだけど、まだ風呂入ってねえな。石鹸の匂いじゃなくて、倉持自身の匂いがする。
 どきりと音を立てる心臓に叱咤を打って、抱き寄せながら、その体を持ち上げた。
 あーあー、やっぱ重い。
 でもまあ、まるで動けないわけでもない。
「ぐったりとしやがっ」
 少女漫画的に言えばお姫様抱っこ。別に少女漫画に限った話でもねえのかな、本は好んで読まないからそのへんの事情は分からない。
 こてんと首をこちらに傾けた倉持は、なんとも無防備で、邪気のない顔をしていた。結んでこそいるものの、ネクタイは完全に緩み、ワイシャツは第二ボタンを開けている。くっきり鎖骨が浮いちゃって。噛み付いて痕つけちまうぞ。
 けれど、何よりも目が留まったのはそこじゃなかった。
「て、ってぇ……」
 覚醒時には、三白眼が不敵に笑う場所。つり上がった眉のすぐ下。
 俺の顔についてるモンと、同じ位置。
「眼鏡?」
 そう、眼鏡。淡く光を反射するそれは、紛れもなくレンズを嵌めた眼鏡である。度が入っているかまでは分からないが、こいつが伊達眼鏡をかけるわけがないのを思えば、何かしら仕事を持つ眼鏡なのだろう。
 気になる。目、悪くなったのか。パソコンの画面見て、細かい字を打つのが億劫になる程度に視力が落ちたのか。その程度なら日常生活で眼鏡はいらない。ただ、無いと困ることも多い。今の今まで眼鏡をかけた姿を見ていなかったのは、俺と過ごすにあたって見えない不便はなかったせいだろうか。気になる。
 しかし、腕にかかる重力も無視できない。大人の男を横抱きにしているのだ、いくら力に自信があっても、重たいものは重い。
 静かに、しかし迅速に、足を寝室に向けた。
「ぅ、……ぃゆき?」
「悪ぃ、起こしたか」
「んぅ~」
 ベッドまであと二メートル。瞼が震えて、僅かな隙間を作った。起きるのは構わないけど、もうちょっと微睡んでてくれよ。この状況を冷静に受け止めたら、多分お前暴れるだろ。もう少しってところで、恋人を床に落としたくはない。
 丁度鎖骨の辺りに擦り寄られる。濃い色のセルフレームも一緒に当たった。そのせいでか違和感を抱いたらしく、眉間に皺が寄る。覚醒するのも時間の問題かな。
 残る一メートルを一歩で詰めて、セミダブルのベッドに体を横たわらせた。半分に捲ってある布団の凹凸をずらし、足を入れてやる。あとはそうだな、ネクタイを解いて、ベルトを抜いて、ってところか。その前に眼鏡とってやらねえと。ベッドに浅く腰掛けた。
 弦に、指をかけた。
「……みゆき、」
「眼鏡こっち置くな、あと寝てていいぜ?」
「ぉかえぃ」
「……タダイマ」
「っひゃはは、まぁぬけづらあ」
「そっくりそのまま返してやるよ」
 舌足らずなそれは卑怯だ。ほとんど睡魔に負けている倉持は、緩い顔をして笑った。
 ネクタイを抜き取り、次はベルトだと手を掛ければ、知ったこっちゃないと寝返りを打つ。しっとりとした視線が張り付いて、居心地が悪くなった。これだけしてやったんだから、もう布団をかけて寝かせてしまおうか。
「なあ」
「なんだよ、洋一君はおねむの時間でしょ~」
「すんの」
「そうだねえ、すやすやし……、エッ」
「シねーの」
 どっち。
 じっと見つめてくる瞳は、いつの間にか目覚めている。声だって、寝起きのせいで若干掠れてはいるが、呂律の回っていないトーンじゃない。
 指先から、ベルトの金具が離れた。かちゃり、小さく声を立てるそれは、いくらか緩められただけで外れるには至ってない。外れたところでなんだというのだ、ほとんど眠気に支配された身体を、眠らせる以外にどうしろと。
 小さな灯りに照らされただけでも、こいつの疲労ははっきりと分かる。眠気と勘違いしてやってもいいが、それならそれで寝かせてやる方が良い。選択の余地などないんだ。
「御幸、」
「な、に言ってんだよ」
 そのくせ、悩んでいるとはどういう了見だ。呼ばれるだけで、その肢体に覆いかぶさりたくなる。駄目だって、今日は駄目だ。こいつも疲れているし、俺だって長旅明けの怠さがある。今すぐにナニかをしなくてはならない理由なんて。
「みぃーゆきー」
「……」
「かずや?」
「っやめろよ、」
「名前で呼ばれんの、嫌か」
「違う、それは、どっちかってーと、……どっちかって比べなくても、嬉しいけど、」
 そっちに、引きずり込まれそう。
 待て、待ってくれ、心の準備がしたいんだ。そりゃ、そうだ。恋人同士、ナニしたくなることだってある。事実、何度もこいつに欲情してるんだから。だが一点、一つだけ言わせてくれ。
 ――俺もオトコ。倉持もオトコ。どうする。
 やり方じゃない。どこの穴に棒を入れるかなんて見たことなくても察しが付く。どちらが入れて、どちらが入れられるのか。それが問題だ。
 本来排出する器官に突っ込むとなれば、女相手と違って大変な負担がかかるに決まってる。そもそも、そんなところに入るのか。測るなんて馬鹿馬鹿しいことしたことは無いが、たぶん俺のブツは平均よりも太くできている。ちなみにコンドームのサイズ調べな。仮に俺が突っ込む側だとして、こいつの激痛は避けられない。
 じゃあ逆に掘られても良いのか。男の矜持をぶっ壊して、こいつに体を預けられるか。
「……イケるな」
「ん、すんの?」
「違う、待って待って待って違うんだ、こっちの話だか……、って軽率にベルト外すなよ!?」
「まだるっこしいな、ヤんのかヤんねーのかはっきりしろや」
 なるほど、俺が突っ込まれる側に回れば丸く収まる。なんだかんだ優しいし、気遣いできるし、男前だし。痛かったら言えよ、とか、悪い止まらねえ、とか言われるのも悪くない。
 器用にも片手でバックルを外した倉持は、気だるい目をしてこちらを見ている。意識こそ覚醒しているが、身体はまだ眠気で重たいのだろう。瞼を閉じさせたら、今のやり取りそっちのけで夢の国に戻っていきそうだ。
 本当に、今日できるのか。無理をしてほしくはない。疲れているというのなら、休息するべきだ。どうせ恋人でいる限りは、いくらでもしえる行為。今、この瞬間に強行する必要もない。
 言い訳はやめよう。抱かれても良い、と思ったのは本当。ただ、心の準備までできているかと言われたら、別の話。
「あー……その、倉持はさ、シたい?」
「……俺はお前に聞いてんだけど」
「分かってるよ、俺は、そりゃあできるってのなら、シたいけど」
 準備ができていないのは、心だけじゃない。ゴムくらいならば、お互い財布の中に潜ませてるだろう。ただ、他のものは。女性相手ですら、濡れないと痛みを伴うのだ、潤滑剤が要るに決まってる。それに衛生的なことはどうする。つーか、そういうトコにこいつ突っ込む勇気あんのかな。
 言葉を濁らせると、緩慢な動きで倉持が起き上った。面倒臭くて堪らない、という顔。ごめんな、好きで付き合ってるのはその通りなんだけど、全てを捧げられる覚悟は固まってねえんだ。中途半端で、自己中心で、情けないったら。
「シたいんだけど。その、ちょっと、時間くんない?」
「時間って」
「腹括る、時間?」
「あぁ……、まあ、えっぐいとこ突っ込むしな」
「やっぱケツなんだ」
「他にどこがあんだよ」
「……やっぱ、痛いんだよ、な」
 さくり、倉持の視線が突き刺さった。しまった、これは気まずい。痛いからシたくないと言ったも同然だ。どう足掻いたって痛いものは痛い。どちらにせよ痛いのならば、早々に貞操を破ってしまった方が良いだろうか。場数を踏んで慣れさえすれば、きっと痛くはなくなるのだから。
 とはいえ、声にしてしまったことに代わりはない。お前でもそんなこと気にするんだな。目が切々と語っている。当たり前だろ、俺をなんだと思ってんだ。ちょっと野球が得意ってのを除けば、ただの凡人なんだぜ。
「別に、」
「うん?」
 ふと、小さな声が聞こえた。今にも消え入りそうな、微かなもの。落とした視線を倉持に向ければ、つんと唇が尖っていた。
 噛み付きたいな。
 どうしようもない衝動を抑えるために、片手でぐしゃりとシーツを掴んだ。

――痛くても、イイけど」

 エッ、俺は困る。
「ごめん、俺Mっ気はねえから」
「……ハ?」
「いや、お前が痛がるとこ見たい、ってんなら歯ァ食いしばるけど、痛いのはヤだ」
「ハァア?」
 知らなかったわ、お前サディストだったとか。ちょっと知りたくなかったわ。でも嬉々として沢村に技掛けてたの思うと、昔からその性癖滲んでたってことか。うわ怖い。だから嫌いになりましたとはならないけど。むしろ、痛くてもヨくなるにはどうしたらいいかなとか思った。変態じゃない。断じて違う。
 倉持の眉間に、くっきりとした皺が寄る。なんだよ、言いたいことがあるなら言葉にしろ。そこそこ察しとれる方ではあるが、言葉にした方が早い。下手な読み間違いをする心配もなくなる。半ば真顔を意識して見つめ返せば、歪んだ顔にふさわしいばかりの低い声が響いた。
「ハァアアア!?」
「わあ、完全に目覚めたって感じだな」
「そら目覚めるわ。ってそーじゃねえよ!」
「ぅぐぇっ……」
 突然胸倉を掴まれ、蛙が潰されたかの声が出る。がくがくと体を揺さぶられるのだが、なぜこんなことをされているのやら。そんなに頭揺らされるとちょっと気持ち悪くなってくんだけど。離してくれよ。
 その意味を込めて、倉持の両肩を掴んだ。
「っめろ、って!」
「おー、止めてやらあ。だからちょっと質問に答えろよォ?」
「ぐっ、絞まってる、てば、」
 前後の動きが止まれば、ゆっくりと腕を持ち上げ着実に絞めてくる。わざとだろ、もうお前これわざとだろ。俺の何が癇に障ったって言うんだ。加虐嗜好否定したからか。
「ひとぉーつ、てめーの職を言ってみろ」
「や、野球選手?」
「そうですねえ。じゃあふたぁーつ、それなら一番の資本はなんだコラ」
「資本って、何だ、えっ体とか?」
「はいその通りー。みぃーっつ、それなのに何で突っ込まれる方だと思った」
「ぅえ、だってお前に負担掛けたく、ねーし……」
 ただでさえ甘えてんだ、これ以上どうしろと。質問は三つで終わりらしく、胸倉を掴んだまま倉持の口が真一文字に結ばれた。眉間の皺はとれていないし、眉は吊り上ったまま。ここまではっきりとした不機嫌を向けられたのはいつぶりだろう。約一か月ぶりの逢瀬でこの面ってのは、ちょっと堪えるな。でも原因はどう考えたって自分。その原因が分からないから困ってるんだけど。
 呆けた顔で倉持を見ていれば、なんともまあ大きなため息を吐かれた。
「御幸、」
「なン"ッ!?」
 名前を呼ばれた。と思えば胸倉を引き寄せられる。
 そして、――ガチリ、歯がぶつかった。痛い。たぶん、こいつだって痛いはず。なのに呻き声一つ上げずに舌を捻じ込んでくると来た。こんな強烈なキス、初めてしたわ。
 ぐにゅり、にゅちゅり、最後に会ったときも舌が絡み合うキスをしたが、これほどの水音は響かなかったよな。唾液が多いのか、遠慮せずに舌を蠢かせているからなのか。肩から離れた手をどうすればいいだろう。しばらく宙ぶらりんに浮かせてから、おずおずと背中に回した。合ってる? 間違ってない?
「んっ、」
「ぅん……、はあ」
「なあ、キス終えて一番がため息って」
「うーるせーえよ、っと!」
「ぉうわっ!?」
 唇を離して約三秒、体重を掛けられたかと思えば、視界が反転した。スタンドライトでぼんやりと照らされた天井と、すっかり呆れた倉持の顏。背中は慣れ親しんだベッドマットに沈んでいた。あれ、これはうん、まずくねえ。俺まだ覚悟できてないんだって。
 咄嗟に起き上ろうとすれば、一歩早くマウントを取られる。よりにもよって腹の上かよ、もう少し下なら無理やりにでも起きれたのに。比較的自由の効く足で抵抗するか。多種多様なプロレス技を覚えたこいつに勝てる気もしないが、何もしないよりはマシ。と、思いたい。ごくりと唾を飲み込んだ。そして、手始めに右足を立てる。
 ふと、視界が陰った。
「っ!?」
 なんてことはない、腹の上に乗った倉持が、上体を倒してきたのだ。俺の顏の両脇に手をついて、まさに目と鼻の先。そういえば、眉間の皺消えてたな。苛立ちが呆れになって、悟りを開いたとでも言うのか。その結果が強姦しようだったら、全く悟ってねえけどな。煩悩で満ち満ちてんじゃねえか。
 顏が引きつるのが分かる。恐怖って、こういうことを言うのかな。怒鳴られることも幽霊も恐ろしくはないのに、貞操の危機には背筋が冷えるだなんて。ああ怖い、恐ろしいよ。ギュッ、思い切り目を瞑った。
 すると今度は、耳に吐息。

――いいから、抱けよ」

 恐ろしいもの、もう一つありました。
 こいつの、艶やかな、欲情した、声。

◇◆◇◆

 女子の下ネタは警察密着24時並のえげつなさらしい。そんな現場に鉢合わせたこと、生まれてこの方一度もないから、嘘か真か、定かではないけれど。わざわざ確かめようとすることでもないしな。身近な女子にそんなの言えるワケないし、そのエグい言葉飛び交う様を見たくないというのもある。
「ぐらもぢぜんばい……、もうやめどぎまじょうよお」
「はあ? おめーがコレ見たいっつったんだろ」
「ぞうですげどっ!」
「ヒャッハハひっでえ顏!」
「つーか何でアンタ平気なんすか……!?」
 一方で野郎の猥談はというと。某鼠帝国並の夢と幻想で満ちているらしい。まじかよ。さすがにAVの世界がそのまま現実と繋がってるとは思ってねえよ。そうほいほい痴女やらビッチやらいるわけねーだろ。教室見てみろ、ヤりたいですを前面に押し出した女子一人もいねえよ。
「一回見たらそこまでグッと、」
「ぅおっ!? おわ、わあ……」
「テメー文句言いつつ食い入ってんじゃねーよ」
「だって、気にな、」
 あ、やべっ。こっち見んな。目と口これでもかと開くのは構わねえけど、いかにもタイミングの悪い男みたいだろ。まあ、実際そうだけどさあ。
 でもノックしても声掛けても気付かねえこいつらが悪いよな。うん、俺は何も悪くない。
「んだよ、なに黙ってン、だ……」
 お前もこっち向くのかよ。隣にいる奴とは異なり、これでもかと口を歪めて、取れなくなるんじゃねえってくらい深く眉間に皺を寄せやがった顏。なんでこういう時に来るんだよ、とりあえず開けっ放しのドア閉めろコラ。目は口ほどに物を語る。雄弁すぎる三白眼は脅し文句もろとも投げ付けてきた。
「はっはっは、せめて鍵かけて見ろよ~」
「すぐ便所行くと思ったんだよ」
 コイツが。奇声と共に床に倒れ込んだ沢村を指して倉持は言った。さりげなくリモコンを操作し消音にしているのが抜かりない。部屋の一角にだけ聞こえるよう音声を低く設定していた風ではあるが、念には念を押してということか。それならテレビ電源消せよ。
 突っ込もうかと思えば、緩慢な動きで起き上がった沢村がテレビ画面を見て大きく肩を震わせていた。ああ、なるほど、これを狙ってたってわけね。
「っ俺もう!」
「おー、さっさと抜いて来い」
「ここは倉持先輩が出てってくれるとかじゃないんスか……!?」
「あ、俺に指図しようってのか、ん?」
「ぐぬぬぬぬ」
 真っ赤になりながら立ち上がった沢村は、前屈み気味にふらりと一歩踏み出す。大丈夫かよ。手を差し伸べるなんて真似してやらねえけど、頼むから礼ちゃんに見つかるんじゃねえぞ。
 俺に悪態を吐く余裕すらないそいつは、よろめきながら俺の脇を通り抜けて行った。無事にたどり着けんのかねえ。辿り着いてくれなきゃ困るんだよなあ。何とかなることを祈っておくか。南無南無。はいオッケー。
「で、どした」
「センター終わった先輩達が押し寄せてきた」
「ざまあみろ、奉仕活動してこい」
「うわー、その絵面バックだとあたかもフェラしろ宣告だわー」
「ヒャハハ、きっめえ!」
 我ながら気色悪いわ。テレビ画面の中では、全裸の女優がモザイクのかかった物体に舌を這わせていた。画面に寄りすぎててグッとこねえな。演出いまいち。でも声漏らす感じは悪くない。音だけオカズに頂戴しようかな。
 つかつかと部屋にあがり込めば、ひとしきり笑いきった倉持がDVDを停止させた。なにやらゲーム機で再生していたらしい。コントローラーを軽く操作してから本体に近寄り、二つあるボタンの一方をプッシュ。出てきたディスクには悪趣味な色でタイトルが印刷されていた。
「それどーしたんだよ。自前じゃねえだろ」
「実家組から回ってきた」
「うわずっりい貸せよ」
「お前に貸すとどこ行くかわかんなくなるだろ」
「んなことねえし」
「定期的に三年生押しかけてくる辺りアウトだろ」
「それ言ってくれるなよ……」
 引退してしまえばもう部屋に押しかけてまでからかわれることはないだろう。そう思っていた時期が俺にもありました。元・一軍メンバーがそろって訪れることこそなくなったが、ぽつりぽつりと様子を見にやってくる。推薦取れた人も、勉強しなよって人も、からかうだけなら五号室行った方がきっと面白いだろうに。なぜ俺のところに来る。
 ため息を吐いて倉持の隣に座り込めば、怪訝な視線を突き刺された。
「つーか何の用だよ」
「バカに用だったんだよ。けどもう、明日にすっかなあ、急ぎでもねえし」
「あのバカ早漏みてえだからすぐ戻ってくんぞ」
「なんで知ってんだよ」
「……なんとなく?」
「わあこの副主将、観察眼が振り切ってるよお、こわあい」
「禿げろ遅漏」
「遅漏じゃありませんけどお!?」
 なんなら試してやろうか。相手がいねえな、証明しようもねえ。それこそ、AV見ながら耐久レースでもしろってか。一対一じゃ、勝った方が遅漏、負けた方が早漏でどっちにしろ切ねえ結果に終わるから止めとこ。
 お得意の甲高い笑い声を響かせつつ、倉持は別のソフトを取り出した。AV、ではないな。名の知れたロールプレイングゲームだ。そういえば最近よくCMで流れていたな。新作なのか、既に発売されて月日が経っているものなのか、ゲームなどやらない自分にはさっぱり分からない。どれも似たようなキャラクターデザインしてんだぜ、むしろ俺に分かるわけがない。
「……そのバカも言ってたけどよ」
「んー?」
「お前さっきの見てなんともねえの」
 ゲーム機はディスクを読み込んだらしく、メニューの文字を吸ってメーカーのロゴを写しだす。見てて思うけど、この時間が何気に長いよな。ショートカットできたらいいのに。かちかちとコントローラーを動かしているあたり、これでも短くしている方なのだろうか。ほんっと、ゲームしねえからなあ。
 何気なく視線を落とし、胡坐を掻いて座った、倉持のソコを見やった。ジャージの下にあるナニは、まるで反応していない。胡坐のせいでピンと伸びた生地が平面を作るだけ。
「お前いつから見てたんだよ」
「沢村がだみ声でやめましょうよ、って言ったあたり?」
「ってーと、……どこだ?」
「女がオナって見せてるあたり」
「あー」
 オープニングムービーを華麗にすっ飛ばし、迷うことなくロードゲームを選ぶ。ボタンを押しては読み込む時間が一瞬合って、すぐに画面が切り替わる。頭身の高いキャラクターが走り出した。遺跡風の外観から始まったせいで、さっぱり流れが分からない。わざわざどういう話かなんて聞いたところで、明日にはきれいさっぱり忘れてしまう。それなら何となく眺めているだけでいい。
「あの声さー、好みじゃねえんだよな」
「声? 見た目じゃなく?」
「声。最初見た時もなんかちげーなーってなって、音無しで抜いた」
 好みの差、ということだろうか。逆だな、俺は音だけで抜きたい。ぽってりとした唇が緩むのは、それはそれで扇情的だけど、どうせなら薄い唇を引き攣らせながら喘いでる様を見たい。大きな瞳をどろどろに溶かして黒目に熱を灯されるよりも、理性と本能の瀬戸際で必死に抵抗する強気さを眺めたい。征服欲煽られる方が好みなんだろう。
「えー、必死に抑えてる感じヨくねえ?」
「あんだけぐちょぐちょなら喘いで欲しい!」
「そういうことかよ」
 ぱらぱらと画面が転換、スライムみたいな敵が現れた。それと空中に火の玉みたいな浮遊物体。ゲージが溜まるのに合わせてコマンドを選び、次々と攻撃を浴びせていく。この程度の雑魚、どうということはない、ってか。まさにそうだと、間もなく戦闘画面が閉じて数字の並ぶものになった。あ、レベルあがったじゃん、良かったな。
 ゲームに意識を移しつつ、さきほどのAV女優を思い出した。自ら進んで腰を振り、淫らに誘い込んで置きながらも漏れ出す声は控えめ。体は素直なのに、なんて常套句が過った。いつか使ってみてえなあ。でもどうせならゆっくり暴いていくところから始めたい。開発とかそんなんされてない、それこそ処女を自分好みにするとか最高じゃね?
 あえて口にはせず、気の済んだバカが帰ってくるのを二人で待った。

◇◆◇◆

 今更裸体に興奮するものか。数年のブランクがあるとはいえ、ほぼ毎日眺めてたカラダだぞ。
 その割に、冬場で日焼け跡のない肌が、うっすらと窪みを作る腹筋が、腰と脚とを繋ぐ筋肉の凹凸が、ちりちりと網膜を焼いてきた。
「すっけべ~、勃つの早すぎ」
「お前のストリップに当てられたんですゥ」
「あっそ」
「っぅあ、待って、え、もう脱ぐの」
「脱がなきゃできねえだろ」
 体にフィットしたボクサーが、中途半端に落ちる。ちらりと陰毛が目に留まって、咄嗟に脱ごうとする手を諫めた。
 長座した俺の脚をまたいで膝立ちをしている倉持は、首を傾げながら下着から手を離す。全裸になった方がな、あれこれやりやすいんだろうなとは思う。でもな、俺まだ上半身しか脱いでないんだぜ。お前が退けてくれないから下を脱ぐに脱げないってのもあるけど。
 それに、今も戸惑ってるんだ。
「倉持、なあ、ほんっとに俺が抱いていいの」
「いいつったろ。お前がどーしても抱かれたいってのなら追々な」
「……ウン」
「うわまじかよ。よく好んで抱かれたいと思うな」
「お前だからだって。つーかそういうこと言っちゃうって、倉持こそ抱かれたくないんじゃねえの」
「てめーと一緒だよ。――御幸になら、抱かれてもいいって、思ったんだ」
 女の好みはろくに重ならないってのに、こういうときの思考回路は同じなんだな。くすりと笑みを零して、そういう雰囲気を作った割に涼やかな倉持を引き寄せた。
 腰が乗る。よりにもよって、その位置かよ。ゆっくり、ねっとりと唇を重ねながらも、圧をかけられる局部に意識が行ってしまう。
「っはぁ、乗られただけで興奮してンな」
「ちょ、腰動かすなよ……!?」
 わずかな上下運動にすら反応する自らが浅ましい。耐久には自信があるが、本気で惚れた相手にはどうにも弱いらしい。着々と血が集中し、固く張りつめてくる。
 口元を淫靡に歪めた倉持が、おもむろに腰を上げた。圧力から解放される陰部。けれど物足りないと震えてしまう。
「ヒャハッ、物欲しそうな顔しやがって」
「るっせーな、ご無沙汰だったんだよ」
 ベルトに指がかかり、ボタンをはずし、黒無地のボクサーが見えたところで、そいつの喉仏が上下した。物欲しそうな面してんのはどっちだよ。
 軽口を叩きたい一方で、やけに慣れた手つきのこいつに不安がこみ上げてくる。男相手だぞ、なんでそんな平然と行為を進められんの。前の恋人は普通に女性だったと聞いているが、もしかして男性経験もあるとか。ああ、だから俺に抱かれてもいいと言ってくれたのか。「俺になら抱かれてもいい」の言葉を信じたいが、その実どうなのだろう。
 聞きたい気もする。知らない方が幸せな気もする。
「でっか」
「自慢の息子だからな」
「ムカつくわー」
「っぅヒッ、おいそういう触り方やめろ」
「なんで。これからヤるんだろ」
 スーツの寛げた部分に片手を入れ、どうにか手に収まるサイズをしているソコを包まれる。あのタブレットにはついてなかったけど、パソコンのマウスを握る手って、たぶんこんな感じ。握ったり緩めたりを繰り返しながら、指先で布越しに引っ掻いてくる。じれったい、直に触ってほしい。どこまで追及していいんだろう。
 湿ったため息を吐けば、ふと、倉持が遠ざかった。布越しに感じていた刺激もなくなってしまう。ぼんやり目で追うと、ずりずりと膝立ちで退いたあと、緩く開いたままの俺の脚の間に入ってきた。さっきまで倉持に挟まれていたのに、今度は俺が挟む形。そのまま眺めていると、膝の間に蹲った。手の平は内腿に触れ、すまし顔が、近づく。
「いやオイ、なにして」
「んむっ、」
「ふっ……、」
 布越しでも伝わる高温。じっとりとした湿り気。たっぷりの唾液を黒に吸わせながら、甘噛みされる。
 これは、所謂、
「ふぇらだなんて、積極的です、ね」
「ん~、らんとなく」
「うくっ、やっべーから、そこで話すの、やめ」
「やーらね」
「ひえっ」
 徐々に揉み解す強さが増してくる。一枚挟んでこれとか、直接やられたら相当な刺激じゃねえの。
 もごもごと飴を転がす風に舌が蠢き、形に沿って唇が開閉する。堪らず倉持の頭に手を乗せると、上機嫌の瞳と目があった。俺を追い詰めてそんなに楽しいかよ。
 倉持に与えられる刺激で、どんどん恥部は膨らんでいく。伸縮性に富んだ素材で良かった。若干の苦しさはあるものの、外に出さなくては死んでしまう、というほどではない。もう一つの救いは、室内を照らすのが小さな灯だけということだろうか。おかげで、こいつの唾液で濡れているのか、先走りで濡れているのか、区分けがつかない。
 まあ、咥えこんで味わってるこいつにはバレてるのかもしれないけど。
「あむ……、こぇ、さあ」
「ん?」
「どこまででかくなんの」
「う、馬よりは小せえよ?」
「当たり前だバカヤロー」
 じゅぷっと口元を汚しながら顔を上げた倉持は、そろそろとボクサーのゴムに指をかけた。ほんの数ミリ引き下げて、予想外に大きなテントに凍り付く。数秒前までそれをしゃぶってたってのに、今更何を驚いているんだ。
 ついでにもう一回りデカくなるからな。十五センチは超えるけど二十センチはないから、それだけは安心しとけ。アレ、突っ込まれるとしたら十五センチで既に恐怖なのか?
 ちらりと送られた上目遣い、脱がせるから腰をあげろってことかねえ。
「いいよ、自分で脱ぐから、お前も脱いじゃいな」
「……ん」
 再び体が離れたすきに、下着もろともズボンを脱ぎ捨てた。ベッドの下に落としたそれは、明日には皺になっていることだろう。一張羅ってわけでもない。クリーニングに出してしまえばいいさ。万が一白濁がついてしまうより、ずっとマシ。
 それにしても、他人に触られるだけでこんなになるってすげえな。堂々と存在を主張するソコに笑いそうになる。
「でけえ、っつーか」
 ふと、掠れた声がした。漏れたとか零れたとか、声にするつもりはなかったのに出てしまった、ってところ。
 膝立ちした股の間に腕を置いているせいで、その先は見えない。残念だ。世の中甘くはできていない、まして舐めただけで勃起するヤツもそうそういるまい。
「ふとい……」
 一瞬、その目に恐怖が過った。ほんとにコレ入るのか。突っ込むのか。
 一抹の戸惑いに、ひどく安心したのは内緒の話。ちゃんと慄くってことは、言うほど経験豊富ってわけじゃないってことだろ。男性経験もあるのか、なんて心配は杞憂で幕を閉じた。
 ハジメテ。倉持の、おそらくハジメテを貰える。
「怖くなっちゃった?」
「んなことねーし!」
「無理すんなって。今急がなくったって、ゆっくり進んでけばいいだろ」
「う……」
 しなやかな肢体に触れると、ぴくんと肩が震えた。ほら、怖がってんじゃん。できることならセックスしてみたいけど、性急すぎる必要もねえだろ。背中にまで腕を伸ばし、ぐっと引き寄せた。汗ばんだ肌がひたりとくっつく。触れ合うだけでも充分すぎる幸福感。
 ただ、いくらなんでも突然の密着には抵抗があったらしい。腰が引けている。胸から上は預けているのに、腰だけ反ってるとか辛くねえ。デスクワークも多いんだろ、腰は労わりなさい。
 背中に当てた手の一方を滑らせ、先ほどよりも強い力で引き寄せた。
 ――すると、一際熱を、帯びたソコ。
「ぅぁっ!?」
「ぅへえ」
「んっ、だよ間抜けな声あげやがって」
「いや、えっ。だってそりゃそうだろ」
 お前に触られしゃぶられた俺が臨戦態勢なのは分かる。でもな、俺はお前のを触ってはいないんだよ。それに、俺のをいじめてくれてる間、自分のを触ってる素振りもなかったよな。
 ああ、ここが天国か。
 一層腰を押す力を増せば、それまで涼やかだった顔が情けなく歪んだ。
「やめっ、……ぅく、ふ、」
「はは、ははは、ぎんぎんじゃん」
「るっせえ、ぁ、……んっ文句っ、あンのか」
「全然。ちゃんと俺に欲情してくれるとは光栄です」
 腰を撫でれば、俺に引っ付いて受け流そうとする。でもくっつくということは、ソコにだって刺激は行くわけで。咄嗟に及び腰になるものの、そうはさせないと腰をがっちり固定する。入れてもない、意図的に擦り合わせてもいない。それだけでぴくぴくと反応するコイツの愛らしいこと。
 ここからさらに突っ込むとなったら。倉持どうなっちゃうんだろうな。
 いや、最初は痛いみたいだし、いきなり快感に溺れるなんてことはないか。フェラしただけで高まるという奇跡は起きたものの、さすがにそれはな。ないだろ。ないよな。あったらどうしよう。俺の方が狂うかも。
 そうだよ、そろそろ、こっちの準備もしねえと。
 腰から更に下へと手を滑らせ、窄まっているであろう恥部に中指をあてた。
「んぅっ!」
「んんん?」
「ァっ、おいんな、ぁふっ……、ぐにぐに、すんな」
「待って待って待って、俺もびっくりした。ねえ、えっ」
 エッ。
 すんなり指が飲まれていった。あれナニコレ。もっと固いというか、抵抗あるものじゃねえの。第一関節までなんなく咥えたそこは、思いのほか柔らかい。解されているとでも表せばいいのか。輪を描くように指先を動かせば、肩にしがみ付いた倉持が息も絶え絶えに打ち震えた。
 こんな簡単に入るモンなの。それなら俺だって受け止めるわ。触れ合ってる感じ、俺のより一回りとそこそこに小さいそれなら、たぶん問題なく入ってこれる。
「えっ!?」
「何回も、うるせえ……」
「ちょっと、うんと、奥まで入れてみてもいいか。ってか、なんでこんなに柔いの」
「はぁ……、解したからに、決ってんだろ」
「ヘ?」
 解した、だと。
 ほぐした。
 くるくると言葉が頭を駆け巡る。解すってどういう意味だっけ。固まったりとか、絡まったりしてるのを柔らかくしてあげることだっけ。そうだよな、俺間違ってないよな。
 ついでに浮かんだことを、口ごもる余裕はなかった。
「俺が解したかった……!」
「ばかじゃねえの!」
「ばかじゃねえよ、初めてなんだろ、処女なんだろ、それをじっくり開発していくのがイイんだろうが」
「変態じゃねえか」
「変態じゃありません、男なら一度くらい思うだろ、一から十まで俺好み染め上げる……、最高だろ!」
「ちょっと分かるけどねーわ!」
 ちょっとでも分かるんなら賛同しとけよ。
 ぐずぐずと中指の第二関節が入ったところで、くるりと円を描いた。喉を引き絞った声がでるけど、気持ちいい感じではない。あれだろ、前立腺マッサージとか言うものがあるくらいだ、どっかにイイとこあるんだろ。どの辺にあるんだろ。こんなことなら、生物真面目に覚えとけば良かった。せめて生殖器の位置くらい。
 指一本で腸壁を押したり擦ったり、それでもこいつが大きく反応するところは見つからない。そもそも、一発目で喘ぐことってあんのか。女だって、最初は痛そうにするじゃん。それなら、あえてヨがる場所を探さず、俺の肉棒が入るくらいに柔らかくした方が良いのではないか。
 腹のどこかわからない部分に触れながら、一度中指を引き抜いた。
「ひぅっ!」
「どっ、どこ、どこだった、なあ今ヨかったんだろ、どこ、どこ!?」
「どこどこうるさァッ、やだ、二本、」
「三本余裕までいじってやる……」
「ふざけぉ、あっやだ、ァう」
 ちゅっと二本の指先に吸い付いて、またずぶりと飲み込んでいく。痛がる様子はない。ということは、自分で指二本分までは慣らしていたと思って間違いない。あれこれと壁をするよりも入れる瞬間の方が、息をつめて声を漏らす。下手に前立腺を探すより、出口で入口のそこを伸ばしてやるべきか。
 差し込んだ二本を、爪が隠れる程度まで抜き出した。対面した状態で座っているせいで局部は見えない。押し倒してコイツの目にも見せつけながら暴くのにも興味はあるが、それは別の機会にしよう。くにくにと皺を伸ばすたびに背中に回った腕に力が入る。
「ゃだ、あ……、そこばっかとか、しねっ」
「だって中のいいとこわかんねえし。入口広げるに越したことねえだろ」
 コレ入れるんだぜ。言外のそれを意識させるために、怒張を倉持のそれに押し当てた。後ろをいじる手はそのままに、ゆったりと腰を揺らせば互いの物が擦れあう。どちらのだか分からないが、先走りでぬめっているし、大きさの違うものそれぞれが熱を放っている。達するのにまだ時間はかかるにせよ、感じているのは確か。
 大分柔らかくなった口に、三本目をねじ込んだ。潤滑剤なしだとそろそろきついだろうか。なんかいいもんあったかなあ。竿を伝って落ちてくる液体じゃ、きっと足りない。
「ぁひっ……!?」
「んー、どうすっかな」
「ひゃ、ァ……ぐぱぐぱすんの、やめっ」
「一回イっとく?」
「やめっやめろって言ってんだろ!?」
「あ、そうだ」
 良いこと思いついた。これだけ広げとけば、先っぽくらいは何とかなる。ぐぷりと三本の指を抜き、両手で尻を掴んだ。もたれかけさせながら体を浮かせるのも忘れない。肩ごしに、切っ先を確かめた。
 突然の浮遊感に、倉持の指先が背中に食い込む。爪痕が残ってしまうような強さではないし、残ったところで気にも留めない。同僚には事あるごとに蚯蚓腫れを作ってるやつもいるしな。もう新人でもない以上、突っ込まれることもあるまい。
 先走りでぬめった怒張を、ちゅっ、緩んだソコに口づけた。
「はぁっ……ん、ァっ」
「はは、くっつけただけだぜ」
「るっせんだよ、入れんなら、さっさとしぃヒあ、ぁ……」
 耳元で喘がれるのもイイな。AVばりに耳につく高さでも騒がしさもなく、与えられた刺激に耐えられなくなった時だけ漏れる声。そっと横顔を盗み見れば、やってくるであろう衝撃を受け流すためだろう、ぎゅっと強く目を瞑っていた。ハの字に寄せられた眉にもそそられる。唇を噛んでいる風だけど、声を零す程度の力加減だ、噛み切ることはおそらくない。
 堪らねえなあ。緩む顔を引き締める気にもならず、そのまま、倉持の体を下ろしていった。掴んだ尻たぶを両側に開いているからか、解れて緩んだ口はなんなく肉棒を飲み込んでいく。だが、いきなり根元まで、なんて暴挙には出ない。
 亀頭を飲み込んだか、否か。そのあたりで、重力への抵抗を再開した。
「っあぁ……、あったけ」
「んの、一思いに突っ込めよ!?」
「そしたらお前が痛いだろ」
「痛くていい、って、言ってんだ、ろ」
「お前が良くても、――っ!?」
「ぁ、っつぅ……」
 ぐちりと、嫌な音がした。
 そのまま俺に体を預けておけばいいものを、何で離しちまうかなあ。雁首を抜けて竿の半分、そこまで飲み込んだところで体が止まる。良かった、まだここなら引き返せる。そっと押し倒すように寝転ばせて、前を擦るなりキスをするなりして脱力させながら抜けばいい。瞬時に今後の展開を描き出し、改めて倉持の体を抱き込んだ。
「いいからっ、やめんな」
「なんでだよ。このまま続けたって痛いだけだろ? それならお前のイイとこだけでしたほうが、」
「いいから!」
 なんでそう強情張るかなあ。負担を軽くしてやりたいの。できれば優しく抱きたいの。流血沙汰だとか、どっか痛めるとか、悲惨な状態にさせたくねえんだよ。
 譲れないとねめつければ、息も絶え絶えに頬を撫でられた。なんだよ、余裕もないくせに。
「なら、なおさら。奥までっ、いれろよ」
「脂汗流して言ったって、」
「そりゃ、思ったよりでかかった、けど……」
 するりと、手の平が頬を通り抜けた。肩から背にかかっていたもう一方の手も、気付けば頭に回っている。震える両腕で包まれれば、倉持の匂いが迫り寄ってきた。いつもの匂いに加えて、汗だとか熱気だとかが入り混じった卑猥な色。
 心臓が、高鳴った。
 その瞬間に、耳に、柔らかいものが触れる。

――俺、奥のが感じるから」

 艶やかなそれに、力が抜けた。その期を、こいつが見逃すはずもない。はっと気付くころには時すでに遅し。
 ずっぷりと、根元まで飲み込んだ倉持が、淫靡に笑っていた。
「ほおら、はいった」
 前言撤回。やっぱこいつ男性経験あるんじゃねえのかな。すっげえ不安になってきた。
 その一方で、ねっとりと絡みつく熱が背筋を震わす。必死に外に出そうと蠢いているようで、もっと中へと誘っているようでもある。壁のわずかな凹凸すら、感じ取れそう。ダイレクトに襲ってくる快感のまま、犯し潰してしまいたい。
 ぐるぐると巡る視界と熱に、もう右も左も分からない。
「ふわあ」
「ヒャッハハ、突っ込んでる方が喘いでんじゃねー」
「やばい、なにこれ、すごい、うわ。うわわわ」
 あ、もしかしてもしかしなくてもゴムつけてねえ、完全に忘れてた。そりゃあ気持ちもいいはずですよ。はっはっは。待って、それどころじゃない。
「ちょう、きもちい」
「そりゃどーも」
 切羽詰まっているのに、いるはずなのに、強かに笑った倉持は、ゆったり腰を揺らし始めた。イイところに当たっているのかは分からないが、痛みの中にも、わずかな快感が見て取れる。ごつり、こつり、亀頭が奥を掠めるたび、その快感は面積を広げていく。
 ほんとに、良いんだ。
 目があえば、自然と顔の距離も縮まっていく。ふにゅりと触れてから、舌で割れ目をなぞると、快くナカへ招いてくれた。今度も、水音が頭に響く。密着しているせいで、倉持のものからもだらだらと液体が零れているのが分かった。
 ゆっくり、丁寧に、体を前に。
 とすりと倉持の背中がベッドに倒れところで、躊躇いなく腰を引いた。
「ぁっ……!」
 気持ちよくはなってくれている。けれど、痛みがないわけでもない。少しでも快感に溺れてくれと、濡れそぼった竿を乱暴に扱いた。
 唇が離れたすきに、「ねじ込むぞ」とアイコンタクト。こくりと頷いたのを見届けて、容赦なく最奥に突き刺した。

◇◆◇◆

 やりすぎた。
 と、我ながら思う。とても思う。コーヒーメーカーの音を聞いてるだけで鬱になってくる。口をゆすいだ程度で、面は洗ってないし、髪はぼさぼさだし、髭も剃ってない。最低限の身支度くらいしねえとな、と思うのだけれど、昨晩を思い出すと何もできない。無意識でコーヒーを入れ始めたのが、信じられないくらいだ。
 結論を言おう。俺は本当に遅漏だった。俺が達するまでに、倉持には二回達してもらった。あいつの矜持のために付け加えると、どれも全部前を弄ってのものだ。まだ後ろだけで達するという境地には至っていない。至りそうでやばかったけど。もうちょっと責め立てたら良かったかな。いや、堪えて正解だったんだ。
 三回も出るかよクソがと言われたところで、ようやく俺にも絶頂の波がやってきて、あとはまあ、流れのままに。半勃ちで苦しそうなソレだけは、お返しにフェラしてやったが、出てきたのは透明に近い精液で。最後の方、イくじゃなくて死ぬって叫んでたなあ。
 はっはっは、あいつが起きてくるのが、恐ろしくて仕方がありません。
 ――と、思ったら。がちゃりとドアの開く音。カウンターキッチンとはいえ、コーヒーメーカーはカウンター側ではなく壁側に置いてある。つまり、開いた扉の方には、背を向けている状態。起き上がれるだけの体力には回復したんだな! と喜ぶべきが、辛い体に叱咤を打ってまで俺を殴り飛ばしにきた、と腹を括るべきか。後者だよな、たぶん。絶対。確実に。
 こぽこぽと、コーヒーが抽出される音と、ひたひた、裸足がフローリングを擦る音。近づいてくる死刑宣告、この場所離れた方がいいかな。このままじゃコーヒーぶちまけて惨事になる気がする。
 こつり、背中に、衝撃。
 ん? こつり?
「くっ、倉持さん?」
「ん、まだ、いて……、よかった」
 恐る恐る振り向けば、ぐるりとシーツを被ったおそらく倉持の姿。額だけ俺の背中にぶつけ、呼吸に合わせて体をわずかに上下させている。掠れた声は、次の言葉を発しない。罪悪感が、込み上げてきた。
「今日は俺、家にいるよ」
「ん」
「なんなら、こき使って良いし」
「ん」
「仰せのままに、働かせてイタダキマス」
「ァ……」
「ど、うした」
 ギャグじゃなく、これ本気で言ってるからな。お前の体調が元に戻るよう全力で尽くしてやるから、食いたいものとか欲しいものとかあれば言えよ。付け足そうにも、嗄れた声が零れたせいで詰まってしまう。その声色は反則だ、下腹部に来る声。ついでに昨晩の映像が瞼の裏で再生する勢い。
 あたりかまわず発情しそうなのを押し殺し、サーバーに落ちてくるコーヒーを睨んだ。
「お前、昨日さ」
「うん」
「ゴムしてねえだろ」
「たいっへん申し訳ありませんでした」
「ヒャハッ、謝んならこっち向いて言えや」
 体が強張ったが、そう言われてしまった以上振り返るしかない。おそるおそる背後を向けば、目元を赤くした倉持が好色に笑っていた。いかに昨晩激しかったかを物語る。色欲に訴えてくる名残が目に毒だ。かといって、目をそらすわけにもいかない。
「ごめん、ヤりすぎた……」
「反省しろよ」
「うん……」
「ほれ、おめーの悪行、よぉーく目に焼き付けとけ」
「うん、……って、へ?」
 おもむろに一歩引いた倉持が、足元のシーツを手繰り寄せた。束を描きながら持ち上がるそれは、まるでウェディングドレスのよう。こんないかつい花嫁いてたまるか。でも白のフォーマルスーツとか見てみたいかも。結婚なあ、できんのかなあ、もし一生を誓うというのなら、こいつがいいんだけどなあ。
 シーツの中から、骨ばった脚が見えた。そのまま大きくたくし上げて、膝が、太ももが顔をだす。ちょっと、それ以上はやめようか。朝から俺誘われてんの。
 そして、気付いてしまった。

 ――脚を伝う、白濁に。

「ぅわぁえぁおぉお!?」
「おおっ!?」
 叫んだ勢いのまま、倉持の腰を捕獲。どこに連れていけばいい、便所か。いや風呂場か。
 俵担ぎしたのに合わせて、白が床に飛び散った。この遊撃手はどれだけ俺を振り回せば気がすむんだ。色んなところを攻めて守るのが仕事だろ、俺ただ一人を多種多様な攻撃で引っ掻き回すとかなんだよもう。
 他のヤツにしたらただじゃおかねえからな!
 逡巡の末、ひとまず風呂場に駆け込んだ。